2005年05月18日

「原稿用紙10枚を 書く力」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・6】
<本の紹介> 〜原稿用紙10枚を書く力(大和書房)〜


以下は、僕がこの本で感銘を受けた文章の引用です。↓

■「「書く力」をつけることは、考える訓練になる。」
■「「引用」は量を書くときには非常に役立つ。」
■「十枚以上の長い文章を書くには、メモやレジュメをつくり、文章を構築する必要がある。構築力が文章を書く力の中心になるのだ。」
■「変換やアレンジをするときには、自分のオリジナリティが自然に出てくるものだ。」
■「「書く」ことの基本的な機能は、体験の意味、経験の意味をあきらかにすることである。」
■「書き言葉はその定着力に特徴がある。体験は、そのままにして放って置けば、流れ去ってしまう。それを言葉にすることによって、後で読み返せる形にして、そのときの心の状態をつかみとることができるようにするのだ。」
■「話された言葉がその瞬間に消えていくのに対して、書かれた言葉は定着し、時間を超えて残る。」
■「書くという行為によって、言葉はその人の身体から切り離され、特定の状況から切り離されてしまう。それだけに、誤解を生みやすい面を持っている。だからこそ、書くときには公共性の意識が大切になる。」
■「上手に話せる。だから、上手に書けると思っている人がいる。しかし、それは温泉旅館に泊まってピンポンをして、それで自分は卓球がうまいような気になっているのと同じである。」
■「なぜ書くことで考える力を高められるのか。それは、書く作業ではつねに脳をフル回転させる必要があるからだ。自分が思ったことをただ書くだけでは、脳が鍛えられることはない。意味のある文章も書けない。」
■「感じたことを気のきいた言葉にするのと、きちんとまとまりのある文章にするのとでは脳の働かせ方がまったく違うのだ。」
■「思考を緻密にしていく作業が、書く作業にはともなう。だから、書くことで脳は鍛えられる。」
■「書くことにおいては、そこにどの程度「意味」が込められているかという、意味の含有率が問題になるのだ。
■「文章を書く力がつくことは、内容のある話ができるようになることでもある。なぜなら、それは考える力がつくからだ。」
■「「書く力」「書き言葉で話す力」をつけるためには、「読む」という行為が絶対に必要である。よい文章を書ける人は例外なく、膨大な量の本を読んでいる。」
■「考える力があるかどうかが、その人の人生を大きく左右するようになる。」
■「(企画を)「練る」とは、頭の中であらゆる状況を設定して、人が疑問を持つようなところはすべてクリアにした上で、シンプルにわかりやすい案にまとめ上げる作業である。…(中略)…この思考の粘り強さも「書くこと」で身につけられる。」
■「書くという行為に偶然などない。まるで自動書記になったかのように感じられるほど、無意識にサラサラと文章が浮かんで作品ができてしまうということはない。」
■「読者にその作品を読むときのとらえ方、つまり読者側の視野を広げ、きっかけを与え、読者の脳と作者の脳が感応して、そこで火花が散るような出会いの機会を与えるのが、本当の批評であろう。」
■「どんなことにもいえるが、「価値を高める」「価値があるものを見つける」「新たな価値を創出する」ことは、大変なことである。逆に価値を下げたり、価値を失わせたりするのは、とても簡単だ。」
■「何かを取り上げて書くときには、そこに新たな価値を発見し、生み出すことに意味があるのだ。」
■「書くときにもっとも注意しなくてはならないのは、誹謗中傷をしないことだ。」
■「書くことでめざさなくてはいけないのは、主張内容を過不足なく込めることである。主張内容とは、書く人の「新たな気づき」である。」
■「「書く」とは、書いた人間を個人的にまったく知らない多くの人たちに、内容が正しく伝わるということである。」
■「アイディア(ネタ)出しまでは主観が大きく働いているが、その後の作業では客観が主体にならないと、文章を構築していくことができない。」
■「きちんとした論理が通っていながら、語り手の主観が伝わる文章が、バランスのとれた、いい文章ということになる。」
■「いきなり文章を書きはじめる前に、書くということを前提にした読書が必要だ。読みっぱなしではなく、書く材料として使うつもりで読むのである。」
■「読書は文章をインプットすることであるが、単に知識を得るだけでなく、アウトプットを意識すると、より上質な読書ができる。書くことを意識して読むと、インプットの作業、すなわち読書が格段に活性化する。」
■「「書くために読む」という意識を持てば、「書く力」は読書量に比例する。書くことを意識して読むことで、読み込む力もつく。」
■「その本の中の2割を読めばいいのだ。…(中略)…たとえ、8割の部分に目を通せなくても、一冊の本から三ヵ所くらい使える部分が見つかれば、その本は十分に意味がある。」
(追補)「つまり、読むスピードよりも、どの部分を読むかという選択眼を養うことが大事なのだ。」
■「本はあくまでも書くための材料、料理でいえば食材と割り切ってしまう。」
■「書きたいことを自分の中でキーワードとして意識しておく。そのキーワードを網の目のように張り巡らせて本を読んでいく。…(中略)…網とは問題意識と言い換えてもいいが、あらかじめ書くためには、こんなものが必要だという意識を持つことである。」
■「自分の考えと素材となる他の人の書いた文章を絡み合わせることで、書く力は上がる。ここでいう素材とは、自分にとっておもしろい、意味があると思えるものである。」
■「引用しながら、自分がその文章からどういう刺激を受けたかを書いていく。」
■「引用は、読む人がその引用部分だけ読んでも満足するような楽しいものを入れるのがコツである。」
■「オリジナリティとは、言葉そのものにあるのではなく、その内容にあるのだ。」
■「引用するときに気をつけることは、関係ありそうなものを並べてしまわないことだ。関係ありそうなものが並んでいても、読み手を刺激しない。」
「おもしろいとは、それまで頭の中でつながっていなかったものがつながるということでもある。」
「おもしろい話をする人は普通なら結びつきそうにもない意外なことを結び付けて、聴く人に「ああ、そうなのか」という気づきの喜びを与える。」
■「文章の中に、読み手に何らかの「気づき」を与えるものがなくては、読む意味もない。」
■「キーワードを拾い出してからはじめて全体の構築をするという作業に進む。全体を構築するためには、ネタの洗い出し、すなわちキーワードを拾い出すことが前提になる。」
■「だれもが重要だと思うポイントをつかむとともに、自分がおもしろい、重要だと思うものを拾い出すことで、自然と自分のカラーは出るものである。」
■「書くことは構築することであることをはっきりと認識して、訓練していかなければ、書く力をつけることはできない。」
■「一本大きな柱を立てて、その中に構成される項目が三つほどあると、ほぼ落ち着いた構築物になる。」
■「性格の違う三つのキーコンセプトを取り出して、その三つをつなげる論理を組み立てていく。…(中略)…三つのキーコンセプトは、その文章全体を構築する三脚である。あまり似たもの同士では、距離が近くなって安定しなくなる。それぞれが相互に侵食し合わない、ある程度離れた三つをたてることが重要なのだ。」
(追穂)「三つをつなげることによって、複雑さが生じて、自ずとオリジナリティが出てくる。」
■「実際に書くときには、絶対にレジュメをつくらなくてはならない。」
■「量をこなすことは、どんなことでも上達の条件である。書く力についても、それは通じる。」
■「自分が一番言いたいことを一行目に書く。その後に続く文章は、それはどういうことかを説明することに費やす。それだけで、四百字詰め原稿用紙3〜4枚であれば、まとまりのいい文章ができる。」
■「言いたいことを過不足なく表現しながら、凡庸にならない一文を、最初に作り上げることができれば、読む人の気持ちをつかみ、先を読みたいという気持ちにさせることができる。」
■「うまいと思える文章は、だいたいつながりそうもないものがうまくつながって書かれているものだ。」
■「意外な三つを選び出してきても、その選択には何らかのつながりがある。その三つのつながりのラインがその人の脳みそのつながり方で、それが個性といえる。」
■「書くときにまず図を描いて、それを文章化してみる。読み手が、文章を読んで、図をイメージすることができれば、クリアな文章といえる。」
■「なぜ三つを選ぶのか? それが暗黙知を働かせるための技だからだ。暗黙知とは、意識化できてはいないが、自分の体験の中で培われていた知恵である。それを掘り起こすのである。」
■「自分に食い込んできたものを三つあげるという技は、自分なりの角度がついた文章を引き出すことになる。」
■「三ヵ所を切り取る練習を徹底することによって、絞込みのセンスを磨くこともできる。」(ベスト3、ワースト3、など)
■「書くことは、ただ解消するのではなく、それを辿っていくことで、自分のモヤモヤの謎解きをする。時間はかかるが、それだけ喜びも大きい。ゲームを解く楽しみに似ている。」
■「自分に向けて文章を書く(日記など)のは、自分の中を探っていく行為である。それは、言葉を頼りにして自分の感じていることを鮮明にしていく作業でもある。」
■「書きはじめる前に、自分に向けて書く文章なのか他人に向けて書く文章なのかを、明確に意識することが必要である。」
■「世の中や他人と自分がどういう関係、どういう距離感で書くのかは、大きな問題だ。笑いをとるような文章を書くのは、その人が世の中の人から滑稽に見えるようなポジションどりをしているのである。」
(追補)「自分のたち位置をどこにとるかで、文体は違ってくる。」
(追補2)「自分が新聞記者になったつもりで書くというように、自分がどういう立場に立つかを仮定して、書いてみることは有効な練習になる。」
■「自分自身との距離感、世界との距離感、あるいは読者との距離感などが、文章にはそのまま表れる。」
■「オリジナリティを出すためには、自分が書きやすい立ち位置を見つけることが、大切である。」
■「なぜ、その三つを選んだのか、それぞれについて考えて、さらに三つをつなげる共通のものは何かを考えていくことによって、はじめて自分独自のものを書くことができる。」
■「何がよかったのか、おもしろかったのか、三つあげることによって、具体的に語ることができるようになる。どれを選ぼうかと考えているときの頭の作業が重要なのである。そのとき、頭は高度に取捨選択している。その取捨選択したときの過程を書けばいいのである。自分はなぜこれを選んだのかという確認作業をすることで、書くことはできるはずだ。」
■「自分の中で高速回転している頭の動きを意識できるようになると、こんなことを考えていたのかと、自分でもびっくりするようなことを思いついていたり、考えていたりすることがわかる。それを自分で意識化できるようになると自信につながる。」
■「本来、日記というスタイルは、「自分のことを話したいパワー」を活用して、うまく「書く力」に転化する方法である。」
(追補)「日記は自分の思いを中心に書いているので、どうどう巡りをしやすいが、それでも自分を深く掘り下げていける側面がある。」
■「書く行為は元来、溜める行為に近い。表現するのだから、吐き出すということもあるが、単に吐き出すだけならば、話すだけで満足できる。書く必要はない。書くことは、吐き出すよりは、エネルギーを溜める。考えを溜めて、自分の中の内圧を高める行為なのである。」
(追補)「出すかどうかわからないラブレターを、延々と書いていると、自分の中で内圧が高まっていくのがわかる。」
■「自分の考え、思いを掘り下げ、そこで内圧を上げて、書くことに結びつける。それはとても辛い作業である。本当に書きたいことを書くのは、本来、とても辛い作業なのだ。」
■「何かを書こうとした場合、その内容について、あまり人前で話さないほうがいい、といわれる。アイディアが盗まれるからではなく、話すことで満足してしまい、自分の中で書く内圧が低くなってしまうからだ。」
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2005年05月17日

「スラムダンクを読み返せ!!」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・5】
<本の紹介> 〜スラムダンクを読み返せ!!(パラダイム)〜


この本は、おそらく中高生向けに書かれたものだと思います。
アイデンティティや友情などについて書かれてあります。

以下は、僕がこの本で感銘を受けた文章の引用です。↓

■「自分だけでは思いつかなかったことが、ある仲間と話しているうちに生まれてくる経験は誰にでもあるだろう。…(中略)…こういうときが持てる関係こそ、真にクリエイティブであるはずだ。」
■「言葉を「知っている」ことと「使いこなせる」ということは違う。」
■「肝心なことは、「自分で自分を○○と言いたいか」だ。」(アイデンティティについて)
■「ほんとに自分はこれなんだと言い切れるためには、時間をくぐり抜けるというか、プロセスが必要だ。」(アイデンティティについて)
■「「アイデンティティ」は、失ったときに、その価値を思い知らされるものだ。」
■「自信とは、自分に対する信頼だ。これを失うことは深刻だ。」
■「肝心なのは、自分のスタイルを磨くことだ。そして、ほかのスタイルとの出会いから、クリエイティブな動きを生み出せればいい。」
■「数回自ら「自分は○○だ」と言い聞かせただけでは、あまり意味はないが、日常的に思い続けていると、その「アイデンティティ」が「技化」されて、必要なときに役立つようになる。」
■「(ドン・キホーテは)異常な自己肯定力を発揮する。その「思い込みパワー」の活力のすさまじさには驚くべきものがある。」
■「「化ける」ことと、そのひとの「アイデンティティ」が変わることの間には、深い関係がある。」(化ける:あるきっかけで、人が急に才能を開花させて、別人のようになること)
■「もちろん、コロコロ変わるのは「アイデンティティ」じゃない。」
■「人間はまったく孤独に、ほかのひとや社会と関係なく、存在しているものではない。」
■「肝心なことは、実際の人種以上に自分を何者だと思うかだ。「○○として育った」とか、「○○として生きてきた」ということが、恨みや妬みのようなネガティブ(否定的)なものになるのではなく、プライドや意地としてポジティブ(肯定的)に言えれば、それは、そのひとのパワーとなる「アイデンティティ」だ。」
■「他人や他民族の「アイデンティティ」を奪い、自分の都合のいいように相手を全部変えてしまおうとするなんて、どう考えたって恐ろしいことだ。だが、戦前の日本は、これをやってしまった。」
■「セックスや暴力を表現に使えば、ひとを簡単に興奮させることができる。でも、こういう興奮を利用する仕方に「マインド・コントロール」的な要素があることも、ときにはちゃんと考えたほうがいい。」
■「(「マインド・コントロール」に)引っかかると、自分を自分にしてくれている人間関係がすべて断ち切られて、戻る場所が奪われていく。これを絶対に甘く見てはいけない。」
■「「アイデンティティ」に目覚めていくことにとって、決定的に大事なのは、実は「出会い」なんだ。ひとが、そのひとの「アイデンティティ」を掴むときには、自分が何者であるか気づかせてくれるひととの「出会い」が、必ずある。」
■「「アイデンティティ」は、早くから一つに確立すればいいという単純なものではない。」
■「「勝負する」という気持ちの「張り」は大切だ。ただし、相手をつぶすような勝負は、クリエイティブじゃない。…(中略)…大切なのは、負けたときに気持ちのいい負け方ができる関係をつくれているかどうかだ。」
■「(中高生のときの仲間関係には)損得を度外視した「仲間としての気持ちの張り」がある。これが生むパワーは、大人の関係からは想像できないほど大きいはずだ。」
■「「真の仲間」というのは、ある意味では、くだらないと思える時間を一緒に過ごしたヤツのことでもあるはずだろう。」
■「ひとといっしょにいることができることと、一人でいられること。この2つはからみあっている。」
■「なにも私たちの年頃でなくたって、人々は、他人と組み合わせなくては自分の存在を確認できないものだもの」(山田詠美「放課後の音符」より)
■「人生の最終章で、「長いこと、自分の中にいてくれてありがとう」と言える相手を持てることは、最高の幸福だろう。」
■「感動は冷めないうちにひとにも食わせるのがポイントだ。」
■「くり返し見たり、聞いたり、読んだりしても飽きないものが、本当に自分の血肉になるということだ。何度接しても、毎回新しい発見があったり、感動があるものは、「自分にとっての古典」といっていい。」
■「あこがれていて、どうしても話がしたいひとには、積極的に動いて会うのがいい…。…(中略)…質問するだけで緊張する、すごい先輩や先生がいるっていうのも、自分を大きく変える契機にできるからだ。」
■「思ったことを、すぐに言葉にしてしまわないで、ハラでグッと押さえて、本当に言いたいことだけをハラの中で磨くという感じのことを意識的にやるんだ。…(中略)…これは同時に、人の話を「積極的に聞ききる」練習にもなる。」
■「「あこがれ」がどこにもない関係は、真の「友情」とは違うものだ。」
■「「そんなことは僕が許さない!」とは、なんと力強い言葉だろう。その人間にとって一番大切なものを捨てることを許さないのが、「親友」だ。」
■「お互いの成長を見逃さないような気持ちで「待つ」友がいるという気持ちが、互いを成長させるのだ。」
■「『非』クリエイティブな人間関係を切るというのは、自分の世界をせばめ、自分を小さくしていくものだと気づいた。『非』クリエイティブな人間関係を、少しでもクリエイティブな関係な方向に持っていける人格の大きさが必要だったのだ。」(とある大学生の文章)
(追補)「「クリエイティブな関係」があるかないか、ではなくて、自分が関われる場をクリエイティブにしていくかどうかが大切だということだ。」
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2005年05月16日

「段取り力」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・4】
<本の紹介> 〜段取り力(筑摩書房)〜


以下は、僕がこの本で感銘を受けた文章の引用です。↓

■「特別な天才や芸術家を除けば、私たちの間にそれほど大きな才能や能力の差はない。」
■「(何かに失敗したとき)才能や育ち、環境のせいにしてしまうと改善のしようがない。改善のしようがないから努力もしない。だが「段取りが悪かったからうまくいかないんだ」と考えることで、対処法が違ってくる。」
■「自己否定してしまうと、次のエネルギーがわかないが、「自分に力がなかったのではなく、段取りが悪かっただけだ」と考えることで、自己肯定を維持したまま改善できる。」
■「マニュアルを作った人間は素晴らしい。手順や段取りを普遍化させていくわけだから、素晴らしい「段取り力」の持ち主である。つまり、マニュアル通りに動くということと、マニュアルを作る側になるというのは、似ているようで雲泥の差があるのだ。」
■「マニュアルから学ぶとしたら、そのマニュアルがなぜそうなっているのか、意味を考えたり、自分以外のマニュアルを読み取ることだろう。」
■「ある活動の裏にあるマニュアルを読み取れるということは、自分でマニュアルを作る能力があるということだ。マニュアルを自分で作る、すなわち段取りを組む側になってしまえば、ほんとうに力がついたことになる。」
■「成功例と言われるものを見るときには、「段取り力」の観点から分析する習慣をつけておくことが大切だ。」
■「気づいたことは確実に経験になっていくから経験知が増えていく。」
■「区別すべきは働いているかどうかではなく、稼いでいるかどうか、付加価値や利潤を生んでいるかどうかである」
■「新しい価値が生まれるところにエネルギーを注ぐべきであって、価値を生まない下準備のところでいくらがんばっても結果に反映されないのなら、仕事とは言えない。」
■「納期という考え方は非常に有益だ。いつまでに終わらせなければいけない、という期限なしには改善は難しい。」
■「頭の中で映像化してシミュレーションができる能力は、実際の紙やモニターの上で描いて作る以上に、力としては実践的だ。」
■「大事なのは出会った現物を見て、経験を積み重ねることによって、自分の中にチェック項目を増やしていくことだ。」
■「テーマを盗んだ来ても、それを自分の身体や感覚を通して表現すると、どうしても変形される。」
(追補)「テーマを変形する力が、何かを生み出していく重要な部分だ。」
■「素材を限定することによって行う段取りには、非常なアイディアが要求される。」(例:テレビ番組「料理の鉄人」)
■「作るとは、すなわち自分のアイディアを組み込み、最終的なビジョンと素材の間をつなぐ階段を作るということだ。」
■「自分がいる場所でただ言われたことだけをやっているのではなく、全体で何が起こっているのかを、マニュアルを構築する側の立場に立って見通す。これがマニュアルを盗む力だ。」
(追補)「マニュアルは作る側から見ると知恵の結晶である。」
■「「段取り力」とは、全体を通して見る予測力のことだ。一部だけしか見ないマニアでは段取りが組めない。」
■「会社の会議室で「さあ」と構えてしまうと、どうしても雰囲気が硬くなってしまう。アイディアではなく、意見が出てしまうことが多い。」
■「現実には予測しないトラブルが起きるものだ。そのトラブルを吸収して、いち早く回復できるものがよいプログラム、すなわちよい段取りである。」
■「突発的なトラブルが起きたとき、回復できるようなシステムを作っておくのは、高度な「段取り力」だ。「トラブル吸収段取り力」とでも言えようか。これを持っていると強い。」
■「何事もそうだが、ひとつ道をつけるところまで到達するのが大変だ。そこまでが仕込みの段階で、あとは一度道がついたところを増幅していけばいい。」
■「先が見えない努力はつらい。しかし、これを続けていれば、必ず質的な変化が起き、少しでも変化すればそこを増幅すればいいと分かれば、反復も続けていける。これが上達の基本だ。」
■「続けるコツとは、段取りを遂行している最中は考えるエネルギーを無駄遣いしないということだろう。」
■「非常に意志力があると見える人でも、実は脳を使いっぱなしにしているのではなく、ある期間は自動運動している。」
■「段取りが分かっている仕事のうちのある工程は、脳が休まる。この場合は一つの精神安定にもなっていると思う。「段取り力」があって見通しがあるほどに、途中の作業はシンプルになる。」
■「ポスターは毎日見ていると、イメージが習慣化され定着する。」
■「自分は今、何のために何をやっているのだと常に意識できる人間でないと大きなことは成し得ない。」
■「なぜそこまで知覚できたかというと、問題意識があるからだ。」
■「トレーニングで一番大事なのは、やったことによる自信を得ることなんです」(これはスピードスケートの清水宏保選手の言葉)
■「図式化の能力は「段取り力」の根幹をなすものだ。段取りができるということは図式化もできるということだ。」
■「ラフでもいいからとりあえず(プランを)作っておいて、精神の安定を確保してから細かいところを微調整していく。…(中略)…これは、仕事を進めていくためには重要なことだ。」
■「どこまでやっておくと、後戻りしないのか。あるいは休んで忘れてしまっても、すぐに次の段階の作業に取りかかれるのか、これがポイントだ。」
(追補)「それが消えないところまで形にしておくことが重要だ。つまりチャートにしておく。それも非常に細かな手順のチャートにしておくと、後戻りしない。」
■「恐ろしく複雑な手順をチャート化できるまで煮詰めることが、“鬼”の「段取り力」を成功させる鍵だ。」
■「自分の身体知、経験知がしみ込んだ使いやすい物は大事にする。…(中略)…そういう物を大事に残していくと、使うことによって経験が呼び覚まされ、自分にとって使いやすい状況がさらに作られていくのだ。」
■「どんなものでも3つに絞り込むことが重要だということだ。」
■「(文章を書く上で)一番困難で頭を使うのは自分の身の回りに起こった出来事を文字化し、面白おかしく書くことだ。」
■「たいていの製品にはSMLの3種類を作っておけば大丈夫なのだそうである。」
■「私たちは時間に縛られない自由な感覚をつねに求めているが、しかし段取りよく物事が進むと気分がよく、自由な感じを味わえる。」
■「意見を言っている暇があればアイディアを出せ、ということだ。反対意見を言うなら代替案を出してほしい。」
■「常に必要なのは具体案だ。」
■「アイディアを批判するのは簡単だが、それでは何も生み出さない。アイディアの批判は、別のアイディアを出すことによってなされるべきだ。」
■「どのアイディアが具体的かつ本質的であって決定打になるのか、分かるセンスも必要だ。それがあればアイディアを思いつくことができる。」
■「「段取り力」を鍛えれば、人生の危機をかなりの確率で回避できる。」
■「法則化されたものは技になる。一度技化されてしまうと、カッコの中の要素が変わっても法則は変わらない。」
■「変わるポイントを見抜く力が「段取り力」だ。「区切り」が段取りの鍵である。」
■「ミスをあるところ以上に広がらないよう受け止めておく器が用意されている人は、「段取り力」があると言える。」
■「最大の鍵になるポイントに最大のエネルギーを注ぎ込むことが、成功の秘訣である。その人の能力いかんというよりは、そのエネルギーの使い方次第であろう。」
■「メリハリをつける段取りで一番重要なポイントは、与えられたものの順番を入れ替えて、自分なりに組み替えるということだ。」
(追補)「日本人は真面目だから、どうしても順番を守らなければいけないという強迫観念にとらわれてしまう。」
■「状況によって引き出されてくる技術や力がある」
■「「段取り力」によってそれ(本来持っている力)以上の資質を引き出すことができると、未来に対して希望が持てる。状況が力を引き出しそれが何度か繰り返されていくと、その力が本物になっていく。」
■「カリスマと言われる人も、なんとなくできているのではなく、うまい段取りを組んでいるだけなのだということが分かる。それが分かれば、自分だってカリスマになれるのだ。」
■「アイディアは、きっちり段取りを組んで考えるとそれなりに生まれてくるものだ。なんとなく無のところからふっとアイディアが生まれてくるよりは、条件を固定したほうがアイディアが出てくる。」
■「基本的な人間性はなかなか変わらないが、「段取り力」は明らかにちょっとした意識化と練習で伸びる。人生に希望が持て、仕事が楽しくなる。」
■「何かをやるときには、いつも「自分がどういう角度で、何に向かうのか」意識していることが大切だ。」
「よく勘違いするのは、緻密に時間的な順番をこなしていくことが、段取りだと思ってしまうことだ。」
■「順番を入れ替えるということが重要だ。本当に「段取り力」がある人は、時間的な順序関係ではなく、優先順位で組み替えていく。」
(追補)「できない人は、与えられた順番をそのままやってしまうことが多い。」
■「追い込まれれば、人間はたいがいのことはやれるものだ。」
■「段取りのいいところは、一度決めてしまうと、自分の日々ゆれ動く感情ややる気の変化とは関係なく、段取りに従って動くしかなくなるという点だ。」
(追補)「つまり段取りとは、一度決めてしまうと自分の外側にあって、自分の力を引き出す働きをしてくれるものである。」
■「素人は、仕込みに関する意識がない。仕込みの意識のあるなしが、「段取り名人」と素人の分かれ道だろう。」
■「面倒な裏の段取りが見えると、はたして自分に向いている仕事かどうか見極めがつくだろう。」
■「完成形がシンプルに見えているほうが、裏の仕込みは複雑であることが多い。」
■「今は自分の領域だけをやっていればいいのではなく、作っていく段取りをいろいろな分野から吸収し、「段取り力」を練り上げていく時代に来ているのだ。」
■「「段取り力」を鍛えるには、望遠鏡や顕微鏡の倍率を変えるように物の見方を変えてみることだ。」
■「高度な仕事をこなしているのにもかかわらず、考え方は実にシンプルなことが多い。自分のやっていることを単純化できるので、無駄な脳のエネルギーを使わない。」
■「根気よく続けて量を蓄積しブレイクスルーする人は、根気がいい性格だったと言うよりは、むしろ見通しのよさに支えられていると言ってもいいだろう。どんな人でも見通しのないことに関して根気は出せない。」
(追補)「根気や根性、やる気や持続力といったものは、段取りの確信があってこそ加速する。」
■「「段取り力」は領域を超えるものである。何かに秀でた「段取り力」があれば、必ずそれは他のものに応用できる。」
■「探すときは「あるかもしれない、でもないかもしれない」と思って探すと、たいがい見つからないが、「必ずある」と思って探すと見つかるものだ。」
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2005年05月15日

「嫌われる言葉」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・3】
<本の紹介> 〜嫌われる言葉(講談社)〜


以下は、僕が感銘を受けた文章の引用です。↓

■「いったん嫌われると、感情的にもつれて、その後いくらフォローしようとしても難しい。」
■「言われて嫌な言葉は、実は思い出せるということ自体が、非常に重要なことである。なぜかと言うと、思い出せない人というのは、自分で無意識に使っている人だからだ。」
■「憎めないやつと憎まれるやつとの大きな分かれ目が、自分の失敗談を言えるかどうかという点である。自分の失敗を自然に言える人は、やはり憎めない。」
■「私の経験上、きついことを言うからには、それだけの信頼関係をつくっておかなければならない。」
■「どの言葉を使ったらその人の逆鱗に触れるのか。そのツボを感知する、いわば地雷感知能力を持つことが、社会人として生きる力となる。」
■「一般的に使ってはいけないということよりも、それが相手の地雷なのかどうかということを感知する必要がある。」
■「上司はお使いの失敗を避けるために、相手の能力に応じて指示内容を変えるべきである。」
■「時代劇調で話すと、なぜか場が和らぐ。」
■「能力の高くない人ほど、結構カチンとくるものだ。」
■「ちょっとでも指摘が当たっていると、ついカッとなるものだ、人間というのは。」
■「「頭悪い」と言われた側は、自分なりに悪い方向へ拡大解釈をして、その後も自分を傷つけ続けるという最悪の言葉になる。」
■「ずばり、「頭がいい」とは文脈力がある、ということだ。もうそれ以外にない。」
■「伝聞調で悪いうわさを聞かされたら、ダメージも増幅する。」
■「伝聞調は褒め言葉に限る。」
■「人間関係を悪くするのなんて簡単である。猜疑心をかきたてればいいのだ。」
■「(悪口を)「誰かが言っていた」と言われたら、反論のしようがないし、説明の使用もない。卑怯にも一方的なのだ。」
■「「早くしろ!」と言う前に、今どこまで進んでいるのかを確認する必要がある。」
■「常に大きい問題にばかり思考がいってしまう人というのは、現実を直視しないという傾向があるようだ。」(“オオグチタタキ”は半分病気…「会社が…」「世の中が…」「不況が…」「世界が…」)
■「いつも話の頭に「オレは」「オレなら」とつけたがる「オレ様系」の人は、知らないうちにうとまれていることを自覚したほうがいい。」
■「私が思うに、好き嫌いと良い悪いの判断というもののちょうど中間くらいに「センス」なるものがある。
■「誰でも自分というものにとらわれているから、相手のアイディアがいいとわかっていても、自分が出したものに固執してしまう。まず、そういうレベルから脱しなくてはいけない。この心理的障害を取り払い、誰が言ったかはまったく関係なく、柔軟にいいものだけを選ぶセンスを磨くのだ。」
■「アイディアを出し合える柔らかな人間関係を築ける人は、年齢がいくほど経験知も増えて、より確かな判断ができるようになるのだ。」
■「仕事のできる人は、「できない」ではなくて「できたらいいな」と発想する。それで、できるためには何をすればいいかを考えていく。すると、不思議と実現してしまい、それを繰り返していくものだ。」
■「「難しいですね」という言葉を生涯使わないと決めたら、これはかなりいい訓練になるだろう。気がつくと、この言葉はふっと上がってくる。口のそばまで。」(「難しい」と言うくらいなら黙ってるほうがいい)
■「最近は大人も子供も「えっ」と言うが、それは言い訳を含んでいる嫌な言葉だ。…(中略)…「えっ」ではなく「おっと」。これだけのことだが、ほんとうに使える技というのは、非常にシンプルだけど効くものだ。」(「おっと」は愛嬌があっていいので)
■「嫌なセリフを言う上司を責めるのは簡単だ。でも、もしかして、質問者の側にも問題があるのかもしれない。」
■「「任せる」という言葉は、相手をやる気にさせる究極の起爆剤なのだ。「おまえに任せる」と言われれば、最高にやる気になる。」
■「やっかいなのは、「とにかく任せた」と決めゼリフのように乱用する人たち。」
■「空気というのは、結局一人ひとりの心なのだ。…(中略)…だから、決して全体の雰囲気ではかるものではなく、一人ひとり個別に見ていくと、自ずとつかめるものである。」
(追補)「特に、今注意しなければいけないのは誰かを見つけることが大事だ。」
■「発言する者は、この発言をしたらどうなるかということを、あらかじめチェックしてから言う癖をつけるようにしたほうがいい。」
■「本質をつきつめられるような実力は、非常に高いレベルであって、経験知の低い人に本質はつきつめられないのだ。経験知の低い人が本質を求めると、抽象的になるか、もしくは自分の価値観にものすごく密着してしまう。」
■「こだわれない人間は、そもそも何も生み出せないが、こだわる人間からはうまみと一緒に“あく”も出てくる。」
■「脳でおこなう作業というのは、実際に行動レベルでやったことの応用でしかないと思う。」
■「ずっと同じことをやっていると飽きてしまうが、いつか固まる瞬間が来るとわかっている人は、それに耐えられる。」
■「ここまでなら待てるが、そこを超えたら怒り出すというボーダーラインがあるものだ。」
■「人間というのは、人間関係が大丈夫だったら、少々のミスは見逃したり、許容したりできるものだ。」
■「店員の愛想が悪いというのは致命的な欠陥なのだ。それは、接客業で愛想が悪いということは、すでに仕事をサボっていることになるからだ。」
■「今、世の中で一番多いのは“言い訳野郎”である。」
posted by コッパ at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 尊敬する齋藤孝さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月14日

「齋藤式潜在力開発メソッド」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・2】
<本の紹介> 〜齋藤式潜在力開発メソッド(マガジンハウス)〜


“潜在力”について、この本で齋藤さんはこんなことを言っています。

「潜在力とは、天から授かるありがたい魔法の力ではない。これまでに蓄積された経験を、他の領域にアレンジしていくことにより、誰にでも発揮できる力のことだ。」

素晴らしい言葉です。
自分にでも潜在力が発揮できるんだ!…と思えて、とても勇気が出る言葉です。

この本には、上記の引用文に記してあるような“潜在力”の考え方・発揮する方法などを具体的に書いてあります。
また、“限界の超え方”についてもふれています。
たいへん読み応えのある本です。
スポーツをやっている方にも有用なことがこと細かく書いてあります。


以下は、僕がこの本の中で感銘を受けた文章の引用です。↓

■「自信は恐れをなくし、ひいては潜在力を引き出すのである。」
■「大事なことは、量が質的な変化を起こすまで反復することだ。」(練習などは、質的変化を起こす前にやめてしまえば、ゼロと変わらない)
■「物事を様々な要素に分け、そして習熟していくことが大切である。」(分節化)
■「自分の中にある感覚を言語化し、いかに分類することができるかが重要だ。」
■「私はひとつの分野に3つか4つの基準を持つことができれば、どんなものでも分類しやすくなると考えている。」
■「人間があることを認知していくには、自分が知っているものを基準にしながら、知らないものを理解していくしか方法がない。それを反復して練習していると、ある時点で突如爆発したようにすべてが分かるようになってくる。これが量の質的転換である。」
■「漠然と感じてはいるけれども、言語化まではしておらず、なんとなく分かっているグレイゾーンがあり、これをクリアに分節化し、言葉にしていくことが潜在能力を発揮することになる。」
■「自分のテンションがもっとも上がる動機は何であるかを自覚しておくことだ。」
■「とにかく、勉強は面白くないし、好きではなかった。けれども「勉強は量である」と割り切り、量をこなすことで頭をレッドソーンにまで追い込んでいったのだ。」
■「私の場合、基本的に記憶力というものにはそれほど個人差がないという確信を持っていた。」←勇気が出る言葉ですね!(コッパ)
■「ある量を超えると脳の容量がいっぱいになってしまって覚えられなくなるということはない。むしろ、たくさん覚えようとするほど脳は覚えやすくなるように機能する。」
■「普段から隙間時間のことをシミュレートしておくと、ちょっとした時間も色濃く過ごすことができるようになるのだ。」(心の準備)
■「人はよく「疲れた」というけれど、潜在的に持っているエネルギーを考えれば、疲れ切ってしまうのはむしろ難しい。…(中略)…局面を替えて仕事に取り組めば、エネルギーは自ずと湧き出てくる。こう考えると、エネルギーは疲れという感覚そのものを排除する。」
■「私は、人間というものはそう簡単に疲れるものではないという考えに立っている。」
■「アイデアを生み出そうとするときには、同時にアイデアを逃さないための工夫も必要である。」(メモ帳は必須)
■「対人関係能力を養うためには、その場全体が盛り上がるように配慮する訓練も大切だ。」(複数人数での会話、授業、会議、など)
■「英語であろうと日本語であろうと、話をするとは何かについて語るということであり、話題を持ってさえいれば余裕を持って自分のペースに持っていくことができる。反対に、話題が貧弱で自分のペースに持っていけない場合は、会話そのものが苦しくなってしまう。」
■「意識は何かに向かうものであり、何も意識しない状態をつくり出すのは難しいということだ。」
■「自分が持っている能力を十分に発揮させるという面から見ても、脳を上手に休ませる技術を持つことは重要である。」
■「記憶力とは経験知だ。経験知が高いほど、つまり、経験の積み重ねが多いほど、次の行動をするときに選択ミスが少なくなる。」
■「意識の焦点をどこにあてればいいのかを鮮明にして、課題を持たせる点で、イメージトレーニングは有効だ。」
■「何かを習得しようとするとき、人はそこにある技術をすべて自分のものにしようと考えてしまう。しかし、本当はすべてのなかから自分が使う技術を制限することの方が重要だ。つまり、使える技術を多くせずに整理する。」
■「(限界を感じたとき、などは)何かのきっかけがあれば、案外すんなりと乗り越えられることが多いのも、また事実。問題は、そのきっかけをどうつくるかだ。」
■「肝心なのは、何かが達成できるようになるということだ。」
■「直感から生まれるものは決してバカにできないのだ。」
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2005年05月12日

僕の友人、38氏について

僕の同級生で友人の「38氏」について。

彼もブログを作っています。
…というか、彼は、昨年の11月にブログを立ち上げてから、毎日更新しています。毎日はすごい!
なので、僕の「ブログ先輩」なんです。

ときどき、僕の家に来て、ビールを飲みながら語ります。
38氏は、ビールをわざわざ保冷パックに入れて持ってきてくれます。
ありがたや〜。
そして、そのビールは、たいてい僕がすべて飲み干すんですが…。(笑)
(別に略奪しているんじゃないですよ!彼はあまり飲まないので、ね)

「話が合う」会話というのは、たいへんな快感だと思うんです。
しかも、酔いも回ってまたまた快感!(笑)
あ〜、気持ちいい〜!(笑)

38氏、忙しいみたいだけど、また飲み語りしようね!

38氏のブログはこちら

posted by コッパ at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月14日

「お好み焼き屋」・小さな店で、淡々と…

お好み焼きおばちゃん11.jpg
「あ、暑いから入り口開けといて。」

店に入ると、おばちゃんがそう言う。
ここは、初めて来た、小さな小さな、広島風お好み焼き屋さんだ。

入ると目の前にカウンターがあり、席は4〜5席くらいしかない。
本当に小さな店だ。

入り口を開けておくということは、僕のすぐ後ろが開いているということだ。
背中に風が当たって、寒い。

僕は、ねぎ焼きビールを注文する。
おばちゃんは、裏の方に回ってねぎを切り始める。

14型のテレビが置いてあり、みのもんたさんは、今日も参加者をじらしている。

僕は、ビールをクピクピやりながら、焼きあがったねぎ焼きをいただく。
ソースが少し辛かった。

僕は、テレビのみのもんたさんのじらしっぷりに感心しながらねぎ焼きを口に運び、2本目のビールを注文する。

ビールを飲み干し、ねぎ焼きを平らげると、僕は勘定を払う。
おばちゃんとテレビのみのもんたさんに別れを告げ、店を出る。
「ありがとね〜。」と背中に声をかけられる。

外では、雨が降りはじめている。

僕は、ほろ酔いのいい気分で、路地を歩いていく。
posted by コッパ at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月10日

ああ〜、ビールうまいな〜

プシュウ…、カッ!

缶ビールを開け、ぐいと一口飲む。
うまい。

「あ〜…。」
と言い、またビールを喉に流しこむ。

うまい。

うまい。

「飲めばうまい、飲まねば悲しい、楽しむためにも、今日も飲む。」

こんな僕は、アルコール依存症なのでしょうか…?
やばいんでしょうか?
やめた方がいいんでしょうか…?

「悩みながらもグイと飲み、のどごし感じる、酒ばんざい!」
うまい!(笑)
posted by コッパ at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月09日

しだれ桜を見る

山口県の徳佐というところに、しだれ桜を見に行きました。

しだれ桜というのは、枝が下を向いている桜のことです。

まだ花が咲ききっておらず、満開ではなかったのですが、きれいでしたね〜。

そこには神社があって、せっかくなのでお参りすることにしました。

僕が綱を振って鈴をジャランジャランと鳴らして拝んでいる時のことです。

まだ僕がお参りしている途中なのに、おばさんが横から入ってきて、腕をニュッと伸ばし、鈴をジャラジャラ鳴らしてお参りをしました。

お参りが、したくてしたくてたまらなかったのでしょうか。
我慢できなかったのでしょうか。
よっぽどのお願いがあったのでしょうか。

しかし、お参りというものは、他人から奪うようにして行うものではないのではないかと思いますが…。

しかし、世の中いろんな人がいるなぁ、と、勉強になりました。

勉強の機会を与えてくれた、美しい桜に、感謝!
posted by コッパ at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月08日

絵本「オイスター・ボーイの憂鬱な死」

映画「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」や「シザー・ハンズ」や「スリピー・ホロウ」などの監督であるティム・バートンが、
「オイスター・ボーイの憂鬱な死」という絵本を出しています。

毒のある絵本です。
間違っても、幼い子供には見せられない絵本ですね。(笑)

たくさんのキャラクターが出てきます。
たくさんの短いお話が入った、短編集のような絵本です。

両目に釘が刺さった男の子…という、救いようのないキャラクターなども登場します。

僕は、この絵本が、大好きなんです。
この世界観、たまりません。

針やま女王というキャラクターの絵を、20歳の時に模写したことがあります。カラーで。
面白い絵なので、楽しかったですね。

ちょっと値段が高く、3000円近くするのですが、
「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」が好きな方などには、面白いと思いますよ。

こんな絵本を描きたいと思っているんですよ、僕は。


こういったダークな絵本を知っていたら、教えてください。
あ、エドワード・ゴーリーの絵本は持っているので、それ以外でお願いします。

その他のことでも、お気軽に、コメント、トラックバックしてくださいね〜。
posted by コッパ at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 僕の好きな作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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