2005年05月28日

僕のダイエット論・5

【レスリング時代14日で5kg減量していたコッパが語る「勝手にダイエット論」・5】
〜筋肉トレーニングで、美しくなろう!〜


男性にとっては、鍛えた筋肉が美しいプロポーションであることは説明するまでもありません。

しかし、女性の方は、「筋トレでムキムキになったら嫌だな〜」と思っている方も多いと思います。
その心配は無用です。

なぜなら、筋肉ムキムキになるには、ものすごくハードなトレーニングをし、栄養や休息の自己管理、そしてその継続という大変なことだからです。
ちょっとやそっとトレーニングをしたくらいで、筋肉ムキムキになることはありません。

それに、女性は男性に比べて、筋肥大しにくい体質なのです。
なぜかというと、女性には、骨格筋の増加を促すテストステロンなどの男性ホルモンが少ないためです。
さらに、女性ホルモンのエストロゲンは、筋肉を養うよりも脂肪を蓄えるほうが得意なのです。

男性にとっても、筋肉を大きくしていくのは大変なことなのです。
女性にとっては、筋肉ムキムキになるより、痩せるほうがはるかに簡単だと思います。

女性の方も男性の方も、ダイエットのためには、筋肉を発達させていくことを考えましょう。
筋肉が増えれば、基礎代謝量が増えます。
つまり、太りにくい体質になるのです。

また、美しいボディラインを作るということと、筋肉をつけるということは、深く関わっています。

ヒトのカタチは、筋肉の上に脂肪と皮膚がのっかったものです。
脂肪には、ボディラインを作るような維持する力はありません。
骨格と筋肉がボディラインを作っているのです。
そして、筋肉はトレーニングによって鍛えることが可能です。

女性のバストは、大胸筋の上に脂肪と乳腺がのっかったものです。
大胸筋が発達していなければ、脂肪を支える強度がなくなり、下に垂れてしまいます。
女性らしい美しいバストには、筋肉が必要なのです。
それは引き締まったヒップにも同じことが言えます。

筋肉がつくことによって、その部分の脂肪が減っていなくても減っているように見えます。
それは、成長した筋肉がその部分の脂肪を引き伸ばすからです。

筋肉がしっかりしていれば、ある程度脂肪があっても美しいプロポーションでいられることができるのです。

ダイエットのためには、筋肉を発達させる、というのが僕の考えです。
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2005年05月27日

僕のダイエット論・4

【レスリング時代14日で5kg減量していたコッパが語る「勝手にダイエット論」・4】
〜有酸素運動で、痩せよう!〜


有酸素運動というのは、ご存知だとは思いますが、走ったり、自転車をこいだり、ゆっくり泳いだりするようなことです。
有酸素運動は、体脂肪を燃やすのに効率がいいです。

運動し始めてから20分たってからでないと、体脂肪は燃え始めないという記事を以前「勝手にダイエット論・1」に書きました。
が、実は、20分運動しなくても脂肪は燃えます。
たとえ5分だけ走ったとしても、脂肪はちゃんと燃えるのです。
ただし、その燃えている脂肪というのは、はじめから血液中に流れている脂肪です。(遊離脂肪酸)
やはり、体脂肪がまとまってエネルギーとして使用されるには20分程度の運動が必要になります。
ただ、「少ない時間の運動でも脂肪は燃えているんだ」ということを知っておくと、わずかでも運動する気になるのではないかと思います。


筋肉には、速筋と遅筋の2種類があるといわれていますが、細かく分けると3種類になります。

FG筋(白筋)…糖質のみをエネルギー源にする。瞬発的に大きな力が出せる。筋肥大しやすい。
FO筋(赤筋)…糖質と脂肪の両方をエネルギー源にする。ある程度の力を出すときに動員される。ある程度筋肥大する。
SO筋(赤筋)…脂肪のみをエネルギー源にする。大きな力は出せないけど、脂肪と酸素でずっと運動できる。筋肥大しない。

有酸素運動を継続して行うことにより、SO筋が鍛えられます。
すると、運動時に脂肪を燃やしやすい体になってきいきます。

また、有酸素運動は、内臓脂肪を優先的に燃やしてくれるという、嬉しい効果もあります。

ただし、有酸素運動を3ヶ月ほど継続していると、基礎代謝量が減ります。
少ないエネルギーでも体を動かせるように、やりくり上手な省エネ体質になっていくのです。
ただし、この低下分は微々たるものなので、あまり気にする必要はありません。

SO筋が鍛えられることによって、運動時に脂肪が燃やしやすい体質になっていく、ということのほうが重要です。

しかし、美しいボディラインを作るということには、ある程度筋肉を肥大させることが必要になってきます。
ですので、有酸素運動だけではなく、筋肉トレーニングも行う必要があると、僕は考えています。
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2005年05月26日

僕のダイエット論・3

【レスリング時代14日で5kg減量していたコッパが語る「勝手にダイエット論」・3】
〜運動しないで痩せられるか?〜


僕の考えでは、運動しなくても痩せることはできると思います。
単純に、食べる量を減らせば、つまり、摂取カロリーを減らせばいいのです。
一日に消費するカロリーより少ないカロリーしか食べなければ、体重は減っていくはずです。

ただ、そのときには、体脂肪も分解されてエネルギーに変換されますが、筋肉も分解されエネルギーに変換されてしまいます。
基礎代謝量よりも少ないカロリー分しか食べていない場合、脂肪よりも筋肉を分解して足りないエネルギーを補おうとする割合のほうが多いようです。

筋肉が少なくなるということは、基礎代謝量が減るということです。
太りやすい体質になる、ということです。

また、摂取カロリーが少ないと、体は少ないエネルギーでうまく一日を活動させなければならないと思い、少ないエネルギーでも活動できるように順応していきます。
やりくり上手になるわけです。
そうなると、体重の減り方は、食事を減らし始めたころに比べると、若干ですがゆるやかになっていきます。

もちろん、少ないカロリーしか食べないのが習慣になれば、問題ありません。
継続的に体重を減らしていけるはずです。
ただし、極端な食事制限は太りやすい体を作るだけです。
(カロリー制限する場合は、栄養素をきちんと摂れているかに気をつけましょう)


僕は、ダイエットするならば、運動をするべきだと考えています。
ここで言う「運動」とは、有酸素運動と筋力トレーニングの両方をさしています。

そして、運動プラス、食事制限で、美しいカラダを作っていけると考えています。
ここで言う「食事制限」というのは、やみくもに減らすのではなく、食べる物を「選ぶ」ということです。


食事を減らすだけでも、痩せることはできますが、それが習慣になるくらい長期的でなければなりません。
また、極端なカロリー制限は、筋肉を減らし、ひいては太りやすい体になってしまいます。

ダイエットする目的が、ただ痩せるということではなく、美しいカラダになるためとするならば、筋肉を増やすことは男女とも必要なことだと考えています。
なぜなら、筋肉が増えると、基礎代謝量(何もしなくても使うエネルギー)を増やせるからです。
もうひとつは、筋肉がついた体こそが、美しいボディラインを作るからです。
女性の、張りのあるバスト、引き締まったヒップは、筋肉をつけることによって手に入ります。

多くの女性が、「トレーニングで筋肉ムキムキになったら嫌だな」と心配しているようですが、そんな心配をする必要はありません。
まず、女性は男性に比べて、筋肥大しにくい体質なのです。
そして、筋肉ムキムキになるには、大変な努力と自己管理、そしてその継続が必要なのです。
たとえ筋肉トレーニングを熱心にやったとしても、筋肉ムキムキになる前に、ダイエットに成功するほうが早いはずです。

だから、ダイエットをするならば、運動をするべきだ、と僕は考えています。
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2005年05月25日

僕のダイエット論・2

【レスリング時代14日で5kg減量していたコッパが語る「勝手にダイエット論」・2】
〜水分を取らないで体重を落とす、という間違い〜


僕がレスリング部のときは、減量をするとき、ほとんど水分で体重を落としていました。
なにしろ、当時鍛えられていた体には、ほとんど体脂肪がありませんでしので、体の60〜70%あるという水分を減らしていくしかありませんでした。
もちろん、体脂肪も落としていきます。
減量の知識がなかった僕は、筋肉から落ちていくという、大間違いな減量を繰り返していましたが…。

しかし、体の水分を減らして体重を落とすのは、体重制限のある試合に臨むスポーツにとって、仕方のないことです。
特に、試合間近になると、体水分はかなり搾ります。
試合に出るために、体の水分を搾り出すことは、こういうスポーツにとって、いわば常識なのです。

ただ、一般の人がこれをやってはいけません。
一般の人が、体重を落とすために体の水分を減らしていくことは、ダイエットとしては大間違いです!

たしかに、水分が減ると、体重が減ります。
しかし、減ったのは体脂肪ではなく、水分です。
確かに、普段運動しない人が30分〜1時間も走れば、1kgくらいは軽く落ちます。
しかし、これは水分です。

体脂肪がエネルギーとして使われるのは、1gにつき7kcalだそうです。
(食べる脂肪分は、1gにつき9kcal)
もし、体脂肪を1kg落とすのであれば、7000kcalも消費しなければなりません。
こんな高エネルギーを1時間足らずの運動で消費するのは不可能です。

また、体脂肪は、運動し始めてから20分経過してからやっと燃え始めると言われています。
それはなぜかというと、リパーゼという脂肪分解酵素に関係があります。
運動などの刺激によって、アドレナリンやノルアドレナリンなどのホルモンが脳から分泌されます。
それらのホルモンは、リパーゼを活発にしてくれます。
活性化したリパーゼが、脂肪をグリセロールと脂肪酸に分け、それが血中に放出され、筋肉に運ばれ、はじめてエネルギーとして利用されるのです。
そのリパーゼを活性化させてくれるホルモンが分泌されるまでには、20分程度の運動が必要になるのです。

つまり、1時間走ったとしても、40分ぶんのエネルギーしか体脂肪からは使っていないということになります。
しかも、運動を始めてから20分後からの使用エネルギー全てが、体脂肪から利用されるとは限りません。

ですので、少々運動したり、お風呂やサウナに入って体重が落ちたとしても、それは水分が減っただけなのだ、ということなのです。
まず、これを理解してください。


水は血液を作ります。
血液は栄養素を運び、老廃物を運び出します。
つまり、体内の水分が減ると、代謝が悪くなるのです。
実際に、体内の水分が減ると、基礎代謝量が落ちたり、体脂肪をエネルギーとして使う能力も落ちたというデータがあるそうです。
つまり、体内の水分が減ると、太りやすい体になってしまううえに、老廃物もとどこおりやすくなってしまうのです。

水はいくら摂っても摂りすぎるということはありません。
人間の体は、余分な水は、汗やおしっこなどで、すぐに排出するようにできています。

ただし、水分が体から出るときには、塩分やミネラルや水溶性ビタミンも一緒に出て行きます。
運動などでかなりの水分を体から排出するような人は、それらの補給もしっかりしたほうが良いと思います。
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2005年05月24日

僕のダイエット論・1

【レスリング時代14日で5kg減量していたコッパが語る「勝手にダイエット論」・1】

<前書き>
僕は、高校時代にレスリング部に所属していました。
レスリングという競技は、体重別に階級が分かれており、試合の際にはたいてい、減量して、体重を落として試合に臨みます。
高校時代、つまりレスリング現役時代、僕がやっていた減量は、7日〜14日くらいで4〜5kg体重を落とすことでした。
普段運動をしない一般の人と違い、レスリングをやっている多くの軽量級・中量級の選手は、ほとんど体脂肪がついていません。
おそらく、体脂肪は1桁だと思いますし、僕もそうでした。
ですので、一般の人が体重を落とすことよりも、レスリング選手のそれは、大変なことなのです。
そして!
僕は高校生のころ、間違った体重の落とし方をしていました。
プレッシャーのせいでもありますが、何よりも、体重を落とすことへの知識がなかったからです。
そんな僕も、最近は本を読んで体脂肪の落とし方などを知りました。
僕が昔やっていた、間違いだらけの減量(ダイエット)と比較させながら、「勝手にダイエット論」を論じたいと思います。
また、僕が高校時代にやっていたことは、文字通り「体重を落とすこと」でしたが、ここでのダイエットの目標は、「体脂肪を落とすこと・綺麗なボディラインを作ること」とします。


〜食べないでダイエットする、という間違い〜

食べないで体重を落とす。
レスリングの先生からは「食べて落とせ」と言われていましたが、無知な僕は、食べたら体重が戻ってしまうような気がして、あまり食べませんでした。

食べないで行うダイエット。
それは大間違いです!

摂取カロリーがあまりに少ないと、体は、筋肉を分解してエネルギーとして使ってしまいます。
それは大変もったいないことです。
なぜなら、筋肉は多ければ多いほど、ダイエットには有利だからです。

<筋肉がダイエットに有利な点・1>
筋肉が多ければ多いほど基礎代謝量(何もしないでも使ってしまうエネルギー)も多くなります。
自動車も、エンジンの排気量が大きいほど、走っていないアイドリング状態に使う燃料は多くなります。
それと同じことです。

<筋肉がダイエットに有利な点・2>
脂肪はカルニチンによってミトコンドリアに運ばれ、そこで燃料として燃やされます。
そのミトコンドリアは筋肉の細胞の中に存在します。
ですから、筋肉の量が多ければ多いほど、脂肪を燃やす能力が高くなります。

<筋肉がダイエットに有利な点・3>
摂取したカロリーの行き場は、2つあります。
筋肉か脂肪に蓄えられるのです。
脂肪に蓄えられる場合は体脂肪として蓄えられますが、筋肉に蓄えられる場合はグリコーゲンとして蓄えられます。
そして、筋肉の量が多いと、カロリーは筋肉に行きやすい傾向にあるようです。

つまり、食べないという行為は筋肉を減らし、筋肉が減るということはダイエットにマイナスに働くのです。

また、食べないでいると、体は摂取されたカロリーでなんとかやりくりしようとしていきます。
食べないでいると、少ないカロリーでも体を維持できるように順応していくのです。
そうなると、食べ過ぎた場合、普段よりも体(主に脂肪)に蓄えられるカロリーは多くなるということになります。
つまり、太りやすい体質になる、ということです。


以上の理由で、食べないというのは、ダイエットとしてはやってはいけないことだ、と、僕は思っています。
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2005年05月23日

日曜日、カレーを食べ、映画を見に行く

5月22日、日曜日。

午後3時ごろ起きる。
朝まで一人でビールを飲んでいたので、まだ酔いが残っている。
お茶を飲む。

パソコンを開き、メールを確認し、本を読み始める。
2時間弱本を読み、午後5時半ごろ、カレーを食べに「CoCo壱番屋」に行く。
イカフライ&カニクリームコロッケのポークカレー、ライス400g(かるく大盛り)、3辛。

食べ終えてから、映画館へ車で行く。

僕は、映画館では、必ず前から3番目の席に座る。
スクリーンが、ちょうど視界いっぱいに入るので、好きなのだ。
見にくいという人もいるようだが、僕は迫力があっていいと思う。

コーラを買い、「世にも不幸せな物語」を見る。
子供向きという感のある映画で、キャラクター設定が面白い。
表現のしかたもいい。
ジム・キャリーは素晴らしい役者だな、とあらためて感動する。
エンディングの絵本のようなタラップの流れ方が、凝っているなと感心する。
エンディングミュージックが5曲も変わるというのも、めずらしい。

見終わると、夜の9時を過ぎたところ。
9時20分から「キング・ダム・オブ・ヘブン」があるようなので、ついでに見てみることにする。

またコーラを買い、スクリーンへ向かい、また、前から3番目の席に座る。
オーランド・ブルームは、若いころのジョニー・デップに雰囲気が似ているな、と感じる。

映画はクライマックスを迎える。
僕は、半分残っているコーラを持って、劇場を出る。
溶け残った氷が、シャラシャラと音をたてる。

警備員さんが、シャッターを閉めようとしている。
僕は、警備員さんにうなずくだけの挨拶をして、外に出る。

車に乗り、ハンドルを握り、アクセルを踏む。
運転が下手な僕は、慎重に車を進める。

真っ暗な夜の闇と、街灯がスポットライトのように照っているなか、車のエンジン音をBGMに、僕は、見た映画を思い返す。
posted by コッパ at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

「その他大勢から抜け出す 成功法則」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・10】
<本の紹介> 〜その他大勢から抜け出す 成功法則(三笠書房)〜


この本は、齋藤孝さんの著書ではなく、訳書です。
著者は「ジョン・C・マクスウェル」という方です。

万人にお勧めできる、たいへん素晴らしい本だと思います。

以下は、僕がこの本で感銘を受けた文章の引用です。↓

■「人生は、その日一日何を考えているかで決まる」(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
■「「何を考えるか」で、人格が決まる。人格によって、行動が決まる。」
■「いまある人生は過去の思考の産物であり、明日の人生はいま何を考えるかで決まる」
■「「思考法」を変えれば、「感情」を変えられ、ひいては行動を変えられるということだ。」
■「成功者は、成功を思い描いた時点ですでに成功している。彼らの手は頭脳を手助けしているにすぎない」(クロード・M・ブリストル)
■「考え方や信念によって成功の度合いや人格が決まってくるなら、“才能”すらも自らの考え方次第ということになる。」
■「いま直面している問題は、その問題が発生したときと同じレベルでの発想では解決できない」(アルバート・アインシュタイン)
■「「何を考えるか」ではなく、「いかに考えるか」が大切」
■「質問は出発点に過ぎないのだということがわかれば、あなたは難なくその他大勢から抜け出せるでしょう。なぜなら、その他大勢の社員の99.9%は何も考えていないからです。」(ジャック・ウェルチ)
■「誰しも世界を変えたいと思うが、自分を変えようと思う人はいない」(トルストイ)
■「悲しいかな、思考法は自然に変化するものではない。すぐれた考えが向こうのほうからやってきてくれることはまずないのだ。手に入れたければ、自分から手を差し伸べなければならない。」
■「どれだけいいアイディアが浮かぶかは、それまでの「蓄積の質と量」によるのである。」
■「「ちょっと思いついたんだけどさ」というようなアイディアにろくなものはない。考えるなんて簡単だというのは、真剣に考えた経験がない人の言うことだ。」
■「考えるということは大変なことだ。だから考える人間はほとんどいない。」(アルバート・アインシュタイン)
■「考えるというのは困難を極めることなので、多くの人が“考えたつもり”で終わっているのである。」
■「成功思考を習得するために時間を費やすことは、自分への最高の投資である。」
■「私の推測では、人類の80%は生まれてから一度もオリジナルなアイディアを考えつくことなく一生を終える」(H・L・メンケン)
■「変わりたいという欲求は誰もが持っているが、変わるためにそれまでと違ったことをする人は多くない。」
■「他人を変えられる人間はいない」
■「人は、自分の頭に思い描けないことを実現することはできない」(カレン・フォード)
■「人間はいくつになっても、どのような環境にあっても、思考法を変えることができる。」
■「人は信念に支配されている。そして信念には可能性を広げる大きな力がある。」
■「成功への最も重要な第一歩は、成功への可能性を信じること」
■「成功の可能性を前向きに信じれば、生き方も積極的になる。」
■「気分が高揚しているときは、エネルギッシュになり、人にも親切にできる。」
■「立派な目標を立てるだけで満足してはいけない。むしろ、どのようにして目標を達成するかに注目するべきだ。」
■「もしも変化に対して違和感がないなら、それは真の変化ではない。」
■「印象的なエピソードを例に挙げたほうが、内容が頭に残りやすい」
■「進化に変化はつきものである。」
■「まず自分の行動を変えることから始めよう。気持ちを変えることから始めよう。それ以外に自分を変えるすべはない。」
■「どうすれば名案が浮かぶかを知っている人には、いつでも仕事がある。そして、なぜ名案が浮かぶかを知っている人は、その人の上司になれる。」
■「頭の中に鳥かごを下げておけば、そのうちその中に何かを入れておくようになるもの」
■「いいアイディアが生まれることを期待しつつ考える場所に行けば、やがて何らかのアイディアが浮かぶはずだ。」
■「静かに考えられる場所を決め、思いついたことを忘れないように、紙に書きとめるようにする。私の場合、考える場所を決めたら、アイディアのほうからその場所にやってきてくれるようになった。」
■「単なる思い付きを“使えるアイディア”に変えるには、形を整えてやる必要がある。」
■「真夜中には画期的に思えたアイディアも、翌朝にはまったくつまらないものに見えることが多い。」
■「書くことを学ぶとは、考えることを学ぶことである。文章として書いてみるまで、自分の考えをはっきりとつかむことはできない」(S・I・ハヤカワ)
■「考えをまとめるというのは、さまざまな感情…達成感や高揚感など…を体験し、自分を省みることができるので、私にとってはスリリングなことだ。」
■「考えをまとめるのはどこでもできる。書き物ができ、邪魔されず、集中でき、自分と対話できる、都合のいい場所を見つけることだ。」
■「ときには答えよりも、質問のほうが大切なこともある」(デイヴ・サザーランド(インジョイ・スチュワードシップ・サービス社社長))
■「大きな成果を上げるには“一人の頭”では少なすぎる」
■「私は考えることに人生を費やしてきたが、たとえば、テーマがリーダーシップなに関することであれば誰、ビジネスに関することは誰というふうに、話を持っていく先が決まっている。」
■「自分の可能性を最大限に引き伸ばしてくれる人たちを見つけておけばよい。」
(追補)「他の人から頼まれれば、同じように知恵を貸してやるようにする。」
■「自分の環境はそのようなもの(考えが尊重され、自由な発想ができ、新しい視点が用意され、変化・検討が加えられるチームワークある環境)でないと感じたなら、環境を変えたほうがよいだろう。」
■「発案者には自分のアイディアに信念を持ってほしい。私は、提案をする前に三つの確認をする。「私は信念を持っているか。私はそれを実践するか。みんなも実践すべきだという信念があるか」この三つの問いにイエスと答えられなければ、私自身そのアイディアに納得しているとは言えない。」
■「どれほど念入りにまとめ上げられたアイディアであっても、どこかに穴がある可能性はある。」
■「人には変化を受け入れやすいタイミングがあるということだ。」
■「望みどおりの結果を出すためには、考える時間を持つべきである。」
■「どんな方法であれ、考えるための場所に行き、紙とペンを取り出してアイディアを書きとめておくことを心がけよう。」
■「常に知らない場所を訪れ、新刊本を読み、新しい知り合いを増やし、新しいスキルを学ぼうとする。そうすることで…(中略)…無関係に思われたことどうしのつながりを見出していく。生涯を通じて学ぶ姿勢を崩さない。」
■「私は毎朝、今日はどのような学ぶチャンスがあるだろうかと考えることを習慣にしている。」
■「学びを続けるためには、その日の予定を確認し、学びのチャンスに目を光らせることだ。」
■「何かを学び、成長するときは、どういう質問をし、その答えを自分の人生にどう応用するかがわかっていなければならない。」
■「誰かと会うときは、その人から何を学べるかをリストしておくとよい。」
■「自分にはできないことができる人とパートナーになれるのはすばらしいことだ。全体像をつかんで考えられる人は、自分がいかに無知かを心得ており、鋭い質問をして理解を深め、考えを広げていく。」
■「大局的にものを考えるには、まずよい聞き手にならなければならない。」
■「視野の中にあっても目に見えないものはたくさんある。なぜなら、知覚の中に入ってこないからだ」(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)
(追補)「人間には習慣的に自分の世界にあるものだけを見るものだ。」
■「自分がどういう立場にあり、どういう考え方をするかによって、見えるものは違ってくる。」
■「大きなヴィジョンを描ける人は、自分の世界とは別の世界が存在していることを理解し、自分の世界に閉じこもることなく、他の人の世界をその人の目を通して見るように努力する。」
(追補)「自分が立てた計画にばかりこだわらず、他の人の視点を柔軟に取り入れることも忘れてはならない。」
■「人生の価値は時間の長さではなく、その使い方で決まる。長生きをしてもむなしい人もいる」(モンテーニュ)
■「大局的な視点を持てるリーダーは問題点だけでなく、その先にある可能性も認識することができる。」
■「「ここぞ」というときにチャンスを逃さないこと。「いつ行動するか」は、「何をするか」と同じくらい大切だ。」
■「問題をあらゆる角度から検討するには、自分の意見はさておいて、相手が何に関心を持ち、どういう利害関係があるのかを考えることだ。そうすれば、その人もものの見方がわかってくる。それは強力な武器になる。」
■「まずはその日の予定表を見ることで、一日の流れをつかむ。その中から“メインイベント”を一つ選び出す。それはどうしても成功させなければならない最重要課題であり、一日の成否を決めるものだ。」
■「この世を築いたのは誰よりも先に「橋を渡った」人々だ。」
■「大局的に考える人は、曖昧さをものともしない。手に入れたデータや情報を、あらかじめ用意した型にはめようとすることはない。一見、矛盾するようないろいろなアイディアを頭の中で転がしながら、考え方に幅を持たせることができる。」
■「大局的に考える力を伸ばしたいなら、複雑雑多なアイディアを尊重することに慣れておかなければならない。多種多様な概念をまとめ、相反する意見を一度に受け入れることを習慣にすることだ。」
■「失敗から学ぶためには、学ぶための姿勢が必要だ。」
■「学ぶ姿勢とは、「私にどれほど知識があっても(または、あると思っていても)、この状況から学ぶべきことがある」という心構えのことである。」
■「大局的に考える習慣をマスターするには、世界を広げ、いろいろなことを試し、勝ち負けを度外視して学ぶことだ。」
■「考え方に広がりを持たせ、より大きなヴィジョンを手にしたいと思えば、手を差し伸べてくれる人を探すことだ。だが、アドバイスを求めるときは相手を賢く選ばなければならない。」
■「知り合いで、あなたのことを気にかけてくれていて、専門分野に詳しく、あなたよりも経験豊富な人の話を聞こう。」
■「世界は自分の経験の中には収まりきらないということを忘れてはならない。」
■「小さな考えから小さな人間が作られる」(ヴィクトル・ユゴー)
■「企業にとって的を絞った商品開発が大切なように、個人がアイディアを展開しようとするときにも集中力を発揮する必要がある。」
■「物理的なことであれ、精神的なことであれ、集中することによってエネルギーとパワーが高まる。」
■「一つのアイディアに長時間神経を集中させるのは、非常にストレスがたまるものだ。…(中略)…しかし、忍耐強く集中して考えたことが大きな成果を生むこともある。」
■「集中的に考えているときは、アイディアだけでなく自分も成長していくのである。」
■「集中さえできれば、自分を向上させることができる。」
■「まず、優先順位を考えておかなければならない。」
(例:自分のスキルや才能を最大限に生かせること、つまり強みに焦点を絞る」「見返りがもっとも大きなものに焦点を絞る」「上位20%にはいること(最重要項)に80%の力を注ぐようにしてもいい(80対20の法則を使って)」
(追補)「優先順位を決めるにはいろいろな方法があるが、他人にはあなたの優先順位を決めることはできないと知っておこう。」
■「つまるところ、成果を上げられる領域に集中せよということになる。」
■「誰もが自分の能力を自覚し、持てる才能やスキルをうまく使いこないしているとは限らない。」
■「私は家中ルーシー(漫画のスヌーピーのキャラ「ルーシー」のこと。ここでは、ネガティブなものの見方ばかりする人というたとえで使われている)だらけのような家庭で育った人を数多く見てきた。彼らは励まされたり、誉められたりしたことがほとんどないため、自分の方向を定めることができない。そういう環境で育った人は、自分の才能を見出すために人一倍努力しなければならない。」
■「得意分野に的を絞って考えるにしても、それが何かがわかっていなければどうしようもないのである。」
■「いつも同じことが頭に浮かぶようなら、あなたの夢(将来の夢)と関係があるのかもしれない。」
■「もしも一つのことに集中していたのに、気が変わったとなれば、エネルギーを浪費したことになる。」
■「まず「優先順位の原則」を守ることだ。たとえば簡単なこと、あるいはむずかしいことや緊急のことから始めてはいけない。最初に始めるべきことは、「もっとも収穫の大きいところ」である。そうすることで障害を最小限にとどめることができる。」
■「障害物に近づかないこと。私の場合、邪魔されずに考えるには、まとまった時間が必要だ。私は邪魔されずに仕事をするために、必要なときに私だけの「考える場所」に身を潜める術を身につけた。」
■「同時に複数のことを成し遂げようとする場合、一つのことからまた別のことと絶えず動き回るよりも、腰を落ち着けて一つのことに集中するほうが大きな成果を上げることができる」(ある調査)
■「集中して考える時間を確保するには、独自のルールを設けるのも方法だ。」
■「大切なことに集中するために、私は重要項目を目の前に置くようにしている。」
(追補)プレゼンテーションや著作の準備をしているときは、いつも目につくところにファイルや概要を書いたメモを置いておく。私はこの方法で30年間、アイディアを磨いてきた。」
■「目標は重要である。はっきりとした目標が定まらない限り、心を集中させることはできないからだ。」
(追補)「目標を設定するのは最終的な行き先を決めるためではなく、力を集中させ、方向性を決めるためである。」
(追補2)「目標は次のようなものであることが望ましい。「集中しやすいように明確であること」「達成しやすいものであること」「人生を変えるに足るものであること」」
(追補3)「目標は必ず紙に書いておくことだ。」
(追補4)「後になってみればたわいのない目標に見えても、方向性を決めてくれただけでも目標は役目を果たしたと言える。」
■「まず、強力で緊密なネットワークをつくることである。そこから専門的なアドバイスを得ることもあるし、人生を楽しくすることもできる。」
(追補)「親しい友人に他の友人の近況を知らせてもらう。…(中略)…これだけでも、人付き合いの時間がとても濃密になり、かつ効率がよくなる。」
■「仕事が多すぎるために、やりたいことを諦めなければならない。たとえば、自分でやれば楽しいだろうと思えるプロジェクトをスタッフに任せなければならない。」
■「人生の99%は私にとって知る必要のないものだ」
■「自分でアイディアを生み出すより、アイディアを収集するほうが簡単だ。なにしろ偉大なる発明家トーマス・エジソンも、「オリジナリティーとはアイデアの出所を隠す技だ」と言っているではないか。」
■「常に創造的なアイディアはないかと目を光らせていると、自分自身も創造的な考え方ができるようになるのである。」
■「5歳から7歳までの間に、創造性の高い子供の80%は、創造性という神から授かった能力を否定してしまうのだ。」
■「人々はオリジナリティーという幻想を抱いていると私は思う。創造性とは、他人の考えを組み合わせたものである場合が多い。」
■「人は興味のある分野についてはアイディアをたくさん持っているものだ。」
■「私はこれまで、想像的にものを考える人で、いくつもの選択肢があるのを嫌がる人にあったことがない。」
■「問題点を指摘することは誰にでもできるが、解決策を提案できるのはよくものを考える人間だけだ。そして、最善の答えを見つけるのはそういう人なのである。」
■「創造的な人は不確実性を一掃しようとはせず、人生のあらゆる矛盾や機微を理解している。そしてそうした部分を探索し、想像力でそれを埋めることに喜びを感じる。」
■「想像性豊かな人と変人とは相関関係にある。だから、われわれは変人とも喜んでつき合わなければならない」(キングマン・ブリュースター)
■「創造性は他人のアイディアを利用するものなので、一見、無関係に見えるアイディアとアイディアを結びつける能力が非常に重要になる。」
■「創造性がとくに発揮されるのは、何かと何かを関連づけたり、いろいろな方向から眺めたりして、新しい表現方法を見つけようとするとき」(ティム・ハンセン)
■「目標がわかっていれば点と点をつなぐのは簡単だ。それと同様に、計画が頭の中にあればアイディアとアイディアを結びつけるのは簡単である。」
(追補)「プランがあれば、無関係なアイディアどうしに関連性を持たせることができるということだ。」
■「人生の勝ち組に入れるかどうかは、失敗を克服できるかどうかにかかっている。」
■「創造性には失敗を恐れないという能力が必要だ。」
■「創造性は、人から馬鹿だと思われることもいとわない姿勢を必要とする。」
■「要するに、創造性とは失敗する場合もあるとわかっていながら、あえて試してみようとすることなのだ。」
(追補)「創造性の高い人は失敗の可能性を知りつつも、新しいアイディアを探し続け、やりもしないうちから“うまくいくかもしれないアイディア”を棒に振るようなことはしない。
■「創造性とは、皆と同じものを見ていながら、誰も思いもしなかったことを考えつく才能である。」
■「創造性とは、すべてを知り尽くしていない喜びである。また、どんな問題についても、もっと良い解決策を考え出すことができるということだ。創造的であるとは、人生でどんな問題に出会っても、そこからチャンスを見出せるということである。つまり、創造性とは、さまざまな選択肢を持ち、ベストなものを求めた結果である」(アーニー・ゼリンスキー)
■「創造性とは、学ぶための準備ができていることなのである。アイディアの数が多いほど、新しいことを学ぶチャンスも多くなるのだ。」
■「現状維持と創造性は相容れない」
■「すごいアイディアを思いついたら、多少馬鹿馬鹿しく思えても、誰にも邪魔させてはいけない。何人といえども、創造性を抹殺するような暴挙を許してはならない。」
■「同じことを繰り返してばかりいるのではなく、変化を起こせ。」
■「創造性がなくても誤った答えを見つけることはできるが、誤った質問を見つけるには創造性が必要である」(サー・アンソニー・ジェイ)
■「創造性の研究によれば、社員が創造性を発揮するか、しないかを決める最大かつ唯一の変数は、創造性を発揮する自由な空気が与えられているかどうかである」(デイヴィッド・ヒルズ)
■「物わかりの悪い人間は排除して、奇人変人を育てよう」(トム・ピーターズ)
■「想像性豊かな人は、「よいアイデアが出されたら、それをもっとよくしてみせよう」という人である。」
■「創造的な人間は、何をやるときにも常に別のやり方を探し求めている。なぜなら、選択肢が多いほどチャンスをもたらすからである。」
(追補)「選択肢について考えることが最良の結果をもたらすことが多い。」
■「たいていの人は、無意識に線からはみ出さないようにする。たとえその線が適当に書かれていたり、恐ろしく時代遅れであったりしてもだ。」
■「忘れてはならないのは、自分が直面する限界は、自分が設定しているにすぎないということだ。」
(追補)「創造性を高めたいならば、限界に挑むことだ。」
■「創造性は伝染する。」
■「人は一緒にいると、その人と同じような考え方をするようになるものだ。」
■「自分の壁を突破するための一番簡単な方法は、新しいパラダイムに触れることだ。」
■「私は生まれつき知りたがりだが、それでも読む本は自分が興味のあるテーマに偏る傾向がある。ときには視野を広げるために、新しいテーマの本を読むように努力している。ただし、退屈なものや理解力を超えたものを選んではいけない。」
■「いまではリーダーたるべき人には、現実的に考えることの大切さを説いている。現実的に考える習慣によって得られる確信と安心感はビジネスの基盤になるからだ。」
■「最悪のシナリオは何かということを常に考えておかなければいけないんだ。組織の財政を支えていくにはそれしかない」(著者の弟、ラリー)
■「生まれつき楽天的な人間は、あまり現実的にものを考えようとしないものだ。しかし現実的な考え方をすることで他人に対する信頼感がゆらいだり、チャンスをすかさずつかみとる能力が損なわれることはない。むしろ、人間としての評価は高まるだろう。」
■「最悪の結果を予測して計画を立てれば、損失を最小限に抑えることができる。」
(追補)「予想と現実に落差があったときに失望を感じるののだから、現実的思考によって、あらかじめそのギャップを埋めておけば失望する回数も激減する。」
■「ビジネスにおいて、本当に重要な決定は多くない。現実的に考える習慣が身につけば、重要な決定とそうでないものを見分けられるようになる。」
■「失敗を恐れていないときには創造性が役に立つが、実際に失敗してしまったときには現実を知ることが役に立つ。」
(追補)「不安なときに何か確かなものがあると安心できるものだ。」
■「私が彼らをひどい目に遭わせているわけではない。私は事実を言っているのに、彼らがそれをひどいと思っているだけだ。」(ハリー・トルーマン大統領)
(追補)「これが真実に対する普通の人の反応だ。」
■「われわれの社会にとって真実は、薄めずに口にできない薬のようなものだ。真実の本当の姿は、礼儀正しく型をトントンと叩かれるようなものではなく、非難の嵐である」(テッド・コッペル(テレビジャーナリスト))
(追補)「真実はわれわれを自由にしてくれるが、それよりも真実によって怒りに駆られてしまうことのほうが多い。」
■「現実的な思考法をマスターするには、真実と向き合っても冷静でいられるようにならなければならない。」
■「事実なしでは(あるいは不十分な情報だけでは)、きちんと頭を働かせることはできない。」
■「解決策はあなた独自のものである必要はないということを忘れてはならない。」
■「ここのメリットとデメリットはそれぞれに重要度が違っているため、単にメリットの数が多いからいいということにはならない。」
■「要は最悪の事態に備えることである。」
■「もし最悪なケースを想定し、公正な目で判断ができれば、現実をしっかりと確認できたことになり、どんな問題にも立ち向かうことができる。」
■「メリットとデメリットを検討し、最悪のシナリオを想定すれば、自分の希望と現実のギャップに気がつくだろう。」
■「戦略的に考えれば複雑な問題も分解して単純化できるし、長期的な課題の計画も立つ。」
■「戦略的思考に長けた人は、たいてい頭脳明晰で、考え方が緻密である。なぜなら、万能の戦略など存在せず、戦略遂行のために問題をあらゆる角度から分析するからだ。」
(追補)「“曖昧なアイディア”は決して“戦略”になり得ないのである。」
■「戦略は未来の決定ではなく、現在の決定によってもたらされる将来のできごとについて考えることだ。決定は現在にしか存在しない。意思決定者は「不確実な明日に備えるために、今日われわれは何をなすべきか」を戦略的に考える必要があるのである。」
■「とにかく分解することが重要である。全部まとめて頭の中でいじくりまわしながら、戦略的に確固とした実行可能な計画を立てることができる人間はまずいない。」
■「(実行方法を考える)前に「なぜ、そうするのか」を考えるべきである。初めから問題解決モードに突入したのでは、問題全体を理解することができないではないか。」
■「理由を明確にすれば、決定の根拠を考えることにもつながるし、さまざまな可能性も見えてくる。チャンスの大きさによって投資額が決まることが多い。あまりに性急に方法を決定すると、その点を見逃すこともある。」
■「「問題を明確にすること」は常に「一番むずかしい問題」」
■「準備をする意志がなければ、勝とうという意志は無意味なのである。戦略的思考が効果を発揮するのは、継続的な努力が大前提なのである。」
■「ジョージ・ルーカスは、夢を実現する秘策とは「不可能なことと前例のないこととの違いを理解することだ」と言う。」
(追補)「ルーカスにとってはどんなことも可能であり、たいていのことは前例がないだけなのだ。」
■「壮大なアイディアを持つ人間は有能な人材を引きつける。」
■「可能性を信じれば、夢はいやが上にも大きくなる。そして可能性を信じることができれば、その夢を実現するためのスタートラインにつくことができる。」
■「人間の持つエネルギー・レベルと、前向きに考え可能性を信じることの間には、密接な関係がある。」
■「成功を信じてこそ、情熱を燃やすことができる。」
■「人生の勝者は、常に「私はできる、私はやるだろう、そして私はやる」という観点からものを考える。一方、敗者は暇さえあれば、すればよかったのにしなかったことや、やりもしないことについて考えている。」
(追補)「できそうな気がするなら、勝負は半分勝ったようなものだ。できないと思うなら、もうすでに戦いには負けているのだから、どんなに努力をしても無駄である。」
■「常に消極的でありながら大きな成功を収めた人を何人知っているか。可能性を信じることができないにもかかわらず、大きなことを成し遂げた人を何人知っているか。そんな人はいないのである!」
■「僕はすごく皮肉屋なんです。だからその防衛策として、自分で楽観的になるんだと思います」(ジョージ・ルーカス)
(追補)「彼は前向きに考えることを自ら選択しているのである。」
■「頭の中で自分に語りかけてくる消極的な言葉を消し去る訓練を積まなければならない。」
(追補)「無意識のうちにうまくいかない理由が頭に浮かんでくるようになったら、そこでストップして、「何が正しいのか」、自問自答することだ。そうすれば一歩を踏み出すことができる。」
■「いわゆるエキスパートは、他人のアイディアに水を差すだけではすまない。」(エキスパートは人の夢の足を引っ張る)
(追補)「エキスパートに何を言われても、それは可能だと前向きに考えることだ。」
■「人間は常に人生を向上させたいと願いながら、同時に平和と安定を求めるものだ。」
■「より大きな可能性を求めるなら、いま手の中にあるものに満足していてはいけない。」
■「できないと思ったことはできない。しかし、できると信じればできる。それが前向きに考える習慣のパワーなのだ。」
■「子供というものは、言われなければ自分のした経験がどれだけどれほど価値のあるものかわからない。どんなことでも当たり前だと持ってしまう。」
■「反省することで、経験を生かした視点が獲得できる。」
■「感動的な経験をすると、それをきちんと評価せず、その感動だけをもう一度再現しようとする人も多い。それと同じように、衝撃的な経験をした人は、何がなんでも同じような状況を回避しようとし、結果として精神的に行き詰まってしまう場合もある。」
■「ある問題について一度熟考しておけば、次に同じような問題にぶつかっても、また初めから右往左往を繰り返す必要はない。」
■「反省することに頭を使うのは、ものごとの全体像をつかむのに欠かせないスキルなのだ。」
■「経験だけが貴重なのではない。むしろ「経験から得た見識」が貴重なのである。そして反省に時間を費やすことで、経験を見識に変えることができる。」
■「われわれは経験に秘められた知恵をすべて学び取るように注意しなければならない。さもなければ、ストーブの熱い蓋の上に座る猫のようだ。猫は二度と熱いストーブの蓋に座らなくなるだろう。それはそれでいい。しかし、猫は冷たい蓋の上にも二度と座ろうとしないだろう」(マーク・トゥエイン)
■「他の思考法と同じように、反省するときには一人になることが必要である。」
■「アイディアを実行することほど人間の成長を助けるものはない。」
■「新しいアイディアを展開することは、古いアイディアから脱却することほど難しくない。」(ケインズ)
(追補)「通説や常識になっている考え方に対抗することは、ビジネスマンが会社の伝統に抵抗しようとするときであれ、若い母親が先祖代々受け継がれてきた育児法を拒否しようとするときであれ、ティーンエイジャーがいま一番人気のあるスタイルを無視しようとするときであれ、むずかしいものだ。」
■「常識の何が問題かというと、自分では何も考えなくてもいいということだ」(著者の友人ケビン・マイヤー)
(追補)「苦労して考え、リスクをとってまで成功したいと思う人は多くない。人と同じことを考え、まるで自分で考えたかのようにふるまっているほうが簡単だ。」
■「大多数の人が受け入れていることは、本当に正しいのだろうか。ところが、必ずしもそうとは限らないのである。」
■「通説を支持することと知性を働かせることとは、まったく別のことである。」
■「どんなことにも従来の方法を上回る方法があるはずだと考えなければならない。」
■「(常識とは)最高の中の最低であり、最低の中の最高である。」
■「大きな成果を出したいと思えば、常識とは断固決別しなければならない。」
■「成功を望むなら「何が一般に受け入れられやすいか」ではなく、「何が最高か」を考えるべきである。」
■「思考は過小評価されたり、認知されなかったり、誤解を招くことが多い」
■「ありきたりな思考法から脱却したいときは、生い立ち、教育レベル、職業経験、個人的な関心などが自分とはまったく違う人とつき合うといい。」
■「人間というものは、一緒にいる時間の長い人と同じような考え方をするようになるものだ。独創的な考え方をする人とのつき合いが多ければ、新境地を開ける可能性は高い。」
■「「明日の成功」を妨げる最大の敵は「今日の成功」なのである。」
■「進歩の前には変化が起こるものであり、常識に疑問を投げかけることによって、さまざまな摩擦が生じるのは仕方のないことだ。」
(追補)「「伝統」は、どれも初めはすばらしいものだったのだ。…(中略)…しかし伝統は、未来永劫、成句につながるものではない。」
■「マンネリから抜け出す最良の方法は、革新を起こすことである。」
(追補)「小さな革新は毎日のように起こすことができる。いつもと違う道を通って通勤したり、行きつけのレストランでいつも注文しない料理にチャレンジするのである。」
(追補2)「つまり自分の“自動運転装置”のスイッチを切るのである。」
■「新しいことを新しいやり方で試してみようとする人が少なすぎる。」
(追補)「解決法を見つけるよりも、古い問題にかかずらわっているほうが楽しいらしい。」
(追補2)「結局、常識や通説は居心地がいいのである。」
■「ほんの少し成功しただけで、人のイメージや自信の持ち方は変わるものだ。」
■「駆け出しのうちはみんなが思うほど大きな過ちをおかすことはない。経験を積んでいくと、みんなが思うほどあなたが正しいとは限らない。」
■「人の頭を借り、その人のアイディアを生かせば、一人では決して達成することのできない複合的な成果を上げられる。」
■「どんなに素晴らしい革新的なアイディアも、何もないところから生まれてくることはない。」
■「方向性が一致していれば、三人寄れば文殊の知恵ということになる。」
■「自分には必要な経験が不足していると思ったら、それを補えるだけの経験を持った人とつき合うことだ。」
■「自らを自らの師と仰ぐ者は、愚か者に師事している」(劇作家ベン・ジョンソン)
■「人は、自分が高く評価している人か、尊敬する人のアイディアしか、その価値を認めることはできない。評価している人と評価していない人に対する自分自身の接し方について考えたことがあるだろうか。」
■「アイディアの出所よりもアイディアそのものを評価してやることだ。」
(追補)「最良のアイディアが必ず評価されるとなれば、誰もがより熱心にアイディアを提供するようになるだろう。」
■「私は必ずテーマ(その人に会う目的)を明確にしてから人に会うようにしている。そうすると、相手から情報や教訓などを効果的に得られるようになる。」
■「幸福を得ようとするものは幸せを得られないが、人に幸せを与えるものはそれを得る」
■「自らが大きくなろうとするのではなく、より偉大なものの一部にならなければならない」
■「何事も自分が中心ではないことを理解しなければならない。それは謙虚になることであり、関心の中心をずらすことでもある。」
■「あなたを愛する人は、あなたから物をもらうよりも、あなた自身をほしいと思っている。」
■「一番むずかしいのは、「自分が一番大事」という人間の持って生まれた性質に逆らうことだ。」
■「実利的に考えるための第一歩は、「自分が本当に求めているものは何か」を明確にすることである。」
(追補)「大切なのは、できるだけそれを具体的にすることである。「成功」というような曖昧な目標では、実利的に考えるのは恐ろしくむずかしいことになってしまう。」
■「誤解してほしくないのは、エネルギーレベルが高いから、大きな視点でものが見られるのではなく、「大きな視点」でものを見るから、エネルギー値が高くなっていくのである。」
(追補)「それは、声が大きいから遠くまで声が届くのではなく、遠くまで届かせようとするから、自然に声が大きくなるのと同じだ。」
■「人間の能力は「習慣」次第で、いかようにも向上できる可能性を持っているのである。」
■「誰もが「何か大きなこと」に関わりたいという願望を持っている。」
■「未熟な精神ほど新しいことへ次から次へと飛びつく」
■「通常の人は自分の経験値をある観点に照らして洗い直すということができない。記憶を全部洗い出す作業は精神的に辛いし、疲れるからだ。しかし、一度、流し込む母体の経験値を把握してしまえば、あとはどんどん楽になる。つまり、アイディアを出す訓練をしている人ほど、次々といいアイディアが出るようになるのだ。」
■「自分の弱点を知っている人のほうが慎重になる。」
■「エネルギー値を上げるという観点からすると、どれだけ大きいものを背負えるかが重要なポイントで、そうしたことから逃げる人は自分だけの狭い回路に入り込んでしまうことが多いのである。」
■「ビジネスマンというのは、自分でプロジェクトを立てられる人間のこと。サラリーマンはただ言われたことをこなしているだけの人のこと。」(“サラリーマン”ではなく“ビジネスマン”であれ)
posted by コッパ at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 尊敬する齋藤孝さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月21日

「コメント力」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・9】
<本の紹介> 〜コメント力(筑摩書房)〜


以下は、僕がこの本で感銘を受けた文章の引用です。↓

■「コメントを求められているときは、自分の見識やオリジナリティの深さを問われているということを肝に銘じる必要がある。」
(追補)「いい加減に「いやあ、よかったですよ」となんとなく感想をたれ流すような癖はやめたほうがいい。」
(追補2)「ひと呼吸おいても、あるいは順番をあとに回してもらってもいいから、きちんとした意味があることを言えるようにしたいものだ。」
■「今自分が持っている能力を使って、いかに気が利いたことが言えるようになるかが大切だろう。」
■「コメントとは認識や経験を確認するための補助である。つまりある事柄に対して、それをまとめるための結晶化作用としての言葉である。」
■「ひと言で「なるほど」と思わせるような、見方が鋭い、本質をついた言葉を発する必要がある。」
(追補)「つまりコメントとは短いことが重要だ。」
■「コメントはその内容ももちろんだが、タイミングも非常に重要だ。」
(追補)レスポンスがコメントにとっては生命線だ。」
(追補2)「時間がたってから、「あの時言い忘れたのですが、これはこうです」と言ったところで、たとえその内容がどんなに素晴らしくても、コメントの持つ意味は薄れてしまう。」
■「価値がある解説やコメントは、物事や事象に対して新鮮な見方を示してくれるのだ。」
■「会ったときに、女性の外見が変化していれば、男性は必ずコメントを言わなければならない責任がある。」
(追補)「とにかく何でもいいから何かを見つけて褒めるのだ。そうすることで、それがなければ見落としてしまうようなことにまで気づくようになる。」
■「「コメント力」という言葉を意識することによって、現実を見る目が繊細になってくるが、その繊細さは、とくに違いについて敏感になる必要がある。」
■「コメントは比較して違いを言うことが一番簡単である。」
■「ここがこういう意味で、ここが(この音楽の)聴きどころだと書いてあれば、「ああ、そうなのか」と理解できる。…(中略)…それは言葉の力によって私の認識力が高まったという何よりの証拠だ。」
■「ソムリエはまさに「コメント力」で成り立っているひじょうに高度な職業と言える。」
■「優れた「コメント力」がある人というのは、一つ一つのコメントが面白いということもあるが、それ以上に、他人との関係の中でその人らしいコメントができる人である。」
■「社会的に大成功をおさめた人に素直にコメントが言えないときは、自分の中に嫉妬心が混じっていることが多い。」
(追補)「つい「あれが足りない」「ここはまだまだである」といろいろなあら探しや弱点をつついてしまいがちだが、それは質の低いコメントである。」
(追補2)「あら探しをしていけばいくらでも言える。…(中略)…だが、そこからポジティブなものは生まれない。」
(追補3)「なぜ皆がこの“あら探しコメント”にはまってしまうかというと、弱点を指摘している人のほうが、されている人より知識レベルや能力が一段高いと錯覚しているからである。」
(追補4)「また、そういう、“あら探しコメント”を喜ぶ読者、視聴者もいるのである。なぜなら彼らもまた嫉妬心を共有しているので、“あら探しコメント”はその嫉妬心に火をつけてしまうからだ。」
■「コメントの基本はまず的外れではないということだ。これは要約力とも関わっている。」
(追補)「コメントする対象の一番重要な中心は何なのか。その中心が理解できていない人がコメントをしてはいけないだろう。」
(追補2)「その中心の見つけ方は、それほど難しくはない。それをやっている人がどこにエネルギーをを一番注いだかに注目すればいい。」
■「エネルギーを注いでいないところをいくら批判してもしょうがない。批判するなら一番エネルギーを注いだところを見抜いて、対象にすべきである。」
(追補)「コメントにもその作法がある。」
■「注意深く聞いていると、裏に自己顕示欲が見え隠れしていたり、嫉妬心が隠れている例、あるいは感情だけで反発している例など少なくない。そういうスタンスが見えてくればコメントの良し悪しがずいぶんわかりやすくなる。」
(追補)「たとえばそのものに対してのコメントはほんのわずかで、あとはコメント者がどれだけ知識があるかをとうとうとひけらかすコメントがけっこう多い。」
■「コメントの基本である、「対象についての話からは離れない」というルールをつねに頭に入れておくべきである。」
「何かを批判するとき、それは自分の嫉妬心から出ているものではないか、自分自身に問うてみるのだ。」
(追補)「あるいは自分がもし消極的なコメントしかしなかった場合、それは自分の保身から出ているのではないか、というチェックをしてみるのだ。」
「批判は相手に対する全人格的な攻撃にはならないというルールをつくっておくことが大切だ。」
■「優れた「コメント力」とは、それがあることによって、新しい目でそのものを見ることができるようになる力のことである。」
■「優れたコメントを言うポイントは、情報としての「お得感」を持たせることである。」
(追補)「「お得感」を持たせるには、具体的な引用をするのがコツである。」
■「具体的なセリフや情報が一つでも入っていたほうが心に届くのだ。」
■「「はずしているが面白い」ことを言い続けるのは関西の伝統だ。」
(追補)「的をはずしていることを皆がわかった上で、それを楽しむのだ。かなり水準の高いコメントと言えよう。」
■「思いついたことをすぐ口に出さずに、1回、心の中でろ過する作業が必要になるだろう。」
(追補)「人は皆同じようなことを思いつく。…(中略)…自分が思いついた上位3つのコメントは75%の人も思いついていると考えればいいのだ。だからその3つのレスポンスははずす。すると残りは25%以下の確立になる。はずしているかもしれないが、独創的なコメントになる可能性が高い。」
■「何かを言わなければいけないときに、とっさに意味のあることを言える人は少ないだろう。それは自分自身に問いかける習慣があまりないからだ。「コメント力」が大きな評価基準になっているという自覚がないからである。」
■「それがいわばひとつの標語のように相手に突き刺さっていけば、優れたコメントと言える。」
■「味に関するコメントは「コメント力」を鍛えるのに非常に役に立つ。」
(追補)「とくに難しいのは相手が食べていないときに、味を表現する場合だ。」
■「決めゼリフをひとつ持っていることは、強いと言える。」
(追補)「何か自分でトレードマークとなる決めゼリフを作ってしまうのだ。」
(追補2)「決めゼリフがあれば、とりあえずのレスポンスはそれでできるから、何も言わないよりはましである。」
(追補3)「何も言えずに黙っていると、だんだんその人がバカに見えてくるので、注意したほうがいい。」
■「いいコメントをすぐに出すためには、相手の話を聞いていたり、何か見ている最中から自分のコメントを考えておかないと間に合わないのだ。」
(追補)「これは質問するときと同じだ。相手が話しているときに、質問をあれこれ用意しておかないと、自分の順番がまわってきたときに質問ができない。」
■「「別に」「ふつう」ではあとが続かない。そういう人は何を見てもつまらないし、面白さを発見できない人ということになる。」
■「スタンスが違うとコメントは変わってくる。自分はどの立場で言っているのか、誰に対して言っているのか、その立場性を頭に入れながらコメントすれば、より的確なコメントができるようになるに違いない。」
■「普通なら切れてしまいそうな緊張した状況のときに、ジョークを言って切り抜ける能力は社会の中では非常に高く評価される。なぜなら、これは緊張状態の中でもメンタルにコントロールできる能力があることを表明していることになるからだ。」
■「とっさのときにジョークが言えるのは、それだけで尊敬に値する。」
(追補)「しかもジョークは笑いに包んで相手の攻撃性も抑えることができる。「ふざけるな!」と言ってキレてしまったり、黙ってしまうより、はるかにインテリジェンスを感じる。」
■「何か追い込まれてキレそうになったとき、とりあえず「勘弁してくださいよ」「すいません。いっぱいいっぱいです」と白旗をあげて、緊張状態をいったん流す方法がある。」
(追補)「逆ギレして事態を悪化させるよりははるかに危機管理の術としてたけている。」
■「なまじ…より、かえって…のほうがいい」という文型は、なぐさめのときのコメントとして応用範囲が広い。」
(例:「なまじダイエットをして顔色が悪くなるより、かえって今のほうが健康的でいいのではないでしょうか」と言って、現状を肯定してしまう使い方だ。)
■「開き直ったコメントではなぐさめにならない。」
■「コメントに迷ったら、映画の名ゼリフを参考にするといいだろう。」
■「「コメント力」を意識して物事を見ることで、知らず知らずのうちに「コメント力」をつけていくことができるのだ。」
■「困ったときに切り返すやり方としては、ことわざが使える。」
■「コメントがすぐ出てこないときは薀蓄で切り抜ける方法もある。」
(追補)「薀蓄と言う周辺情報はとりあえず人の気持ちを落ち着かせる力を持っている。意味のない無難な言葉を羅列するよりは、ずっとましだ。」
「コメントを言うときはまず「平凡なことは言うまい」という意志が必要だ。」
■「コメントのスタイルとして、この人の言葉はいつも正直でクリアである、というメッセージを含ませると、そうとうキツイことを言っても愛されるのである。」
■「「…も、…も」という文型は、もしかしたらオールマイティで使えるかも知れない。」
(例:「ほめるも愛、叱るも愛」など)
■「「あれは虎のようだ」「海ガメのようだ」「チワワのようだ」というたとえ方は、言葉が見つからないときに使えるコメントの基本だろう。つまりは比喩である。」
■「コメントには客観的に誰が見てもそうだというところを捉えて言う客観コメントと、そのものの客観的な評価とはまったく関係なく、自分なりの主観で言う主観コメントがある。客観コメントのほうは要約していくスタイルで、それが核心を突いていると評価される。主観コメントは…(中略)…「そういう見方もあるんだ」と新しい視点や驚きを喚起するものである。」
■「作品をコメントするとき、それはどういう人にお勧めなのか、誰にお勧めなのかを限定するくせをつけると、コメントに切れ味が出てくる。」
(追補)「こういう人にはこういう効果があるといった具体的な絞り込んだ効能書があると、つい引き寄せられてしまうだろう。」
■「自分がどういう状況でどういう出会い方をしたのかを手短に話すコメントは、かなりの確率で成功する。」
■「知識が豊富でも、感覚的な要素が少ないコメントだと、つまらない印象を受ける。」
■「……それでいながら…だ」「…で、しかも…だ」という文型は、コメントするときの一つの基本形だ。」
(例:「破天荒ででたらめで、それでいながら憎めない愛嬌がある」など。)
(追補)「けなしていても、何となくほめた印象になる。」
(追補2)「微妙なニュアンスを伝えたり、否定をやわらげたいときなどコメントしづらい場合に覚えておくとよい基本文型である。」
■「効果的なひと言をぶつけるためには、シチュエーションを整えることも必要だろう。」
■「「コメント力」は実はシチュエーションを作る力に支えられている。その言葉がどこでツボにはまって、どこで効くかをよく考えておかなければならない。」
(追補)「言う場所を間違えたり、タイミングを間違えると、丸だはずしてしまうことがあるから注意したい。」
(追補2)「効果的なひと言を言うためには、「散歩に出よう」とか「ちょっと飲みにでも行かないか」と言って、まずシチュエーションを作り、それからタイミングを見計らって肝心のひと言を言わなければならない。」
■「○年間の○○生活の中で最高のクライマックスです」というこのフレーズは、覚えておくと、うれしさを表現するとき、ひじょうに応用範囲が広い。」
■「日本人は、とかく思い上がっていると思われたくない一心で本心を言わないから、「うれしいです」という謙遜語のコメントが多いが、そういうコメントは聞いていても物足りない。本心はそうではないだろう、という思いが見え見えで厭味に聞こえることさえある。一方、自画自賛系のコメントは、うまくハマれば人を勇気づけたり、場の雰囲気を大いに盛り上げることができる。」
(追補)「しかし、(自画自賛系コメントは)外してしまうとちょっと痛い感じになる。」
(追補2)「これは半分ジョークですというニュアンスを、表情やイントネーションなど非言語的な部分でカバーする。そうすれば、自画自賛系コメントは以外に受けることがある。」
(追補3)「しかし滑ったときの保障はない。だからこういうコメントができる人は、状況を見極める力がかなりあるということだろう。その実力がない人はひたすら謙遜するコメントを出すしかない。」
■「凡人にとっては、何かを断るにはひじょうにストレスになる。」
■「長い行列にちょっと横入りをさせてもらうとき「すいません」ではなく、ちゃんとした理由を言うと、大概の人はかなりストレスがやわらぐという。」
■「それはどうしてもお断りをするが、それの代わりにこちらを引き受ける」と次善策やバーター状況をだすことで、現実的にいちばん大変なものは断ることができる。」
■「皆と何かを分担してやらなければならないとき、やりたくないと思って腰が引けていると、最終的にいちばんそんな役回りを割り振られてしまうことがある。最初に「これをやります」と言ってしまうと怪我が少ないものだ。」
■「コメントを常に考えている、この習慣が重要である。」
■「当意即妙に答えるのは、能力というより習慣だ。」
■「「コメント力」とは、実は準備をしておくことが大切なのだ。」
■「名前もわからない相手、このメッセージを聞いているかどうかもわからない相手に対して感謝の気持ちを述べるのは、謝辞として胸を打つものがある。」
■「たくさんの知識の中からこれはあれに似ていると指摘するのは、コメントのひとつの方法である。」
(追補)「何がどう似ているのか明確に言えれば、ものを見る視点がクリアになる。」
■「「コメント力」をつけるためには抽象語を使う能力がけっこう役に立つ。」
■「私にコメントの仕事をふってきた理由は何なのか? ということをきちんと聞いておくと、他の人と角度を変えたコメントを出しやすい。」
■「私が意識するのは足りないものについては言及をしないということだ。注目するのは当人が最もエネルギーをかけた部分であり、そこに対して自分なら同じことができただろうかという視点で考える。」
(追補)「自分が書けたかどうかをまったく抜きにして、批評をするのはどうかと思うのが私の考えだ。」
■「何を見ても自分ならどうだったのかと考える習慣をつけておくことが大切だろう。」
(追補)「自分にはできたのかと考えると傲慢さが反省される。」
■「ほめるにしても、けなすにしても、とりあえず一回自分の立場に置き換えてから発言することがコメントをする最低限のルールではないだろうか。」
■「人を批評するときに、その人や作品について個人的に知っているという経緯を出すと、「ああ、この人はこんなに昔から知っていたのか」とコメントに説得力が生まれる。」
■「人をほめるときに、第三者の声をのせるとリアリティが生まれる。ほめるときのコツだが自分が素敵だと言うより、誰々さんが素敵だと言っていた、というほうが、ぐっと心に届く。他の人を登場させて、その人たちの評判を入れていくことで、客観性を増すのだ。」
■「「刺激を受けている」というフレーズはほめるときによく使われる基本形だから、マスターしておくといい。」
(追補)「自分自身もやる気が喚起されるとてもいいほめ方である。」
■「誰もが同じようなコメントしかできないものに対して、どう切り込んでいくのかという訓練は、トレーニングメニューとしてかなりおすすめだ。」
■「「コメント力」は気づきが最大のアピールポイントである。気づきのないコメントはただの感想を述べているのにすぎない。」
■「料理をほめるときは素材をほめるか、製法をほめるか、大きく分けてこの2つに絞られる。」
■「人に見立ててコメントする方法は、最近はよくみかけるが、うまく使うとしゃれた感じになるだろう。」(擬人化)
■「言葉は受け取ってから、何回も心の中で反復しているうちに気持ちが整ってくるという作用がある。」
(追補)「下手をすると、10年後20年後にもその言葉が蘇ってくる。言葉ひじょうに賞味期限が長い。」
■「優れたコメントは、それを言われた瞬間だけでなく、そのあとから効いてくる。」
■「「時と場合によりますね」「状況によりますね」というコメントをする人がいる。それは何も言っていないのと同じだ。」
■「「どこでそんな考え、仕入れたんだ?」というコメントは応用範囲が広い。」
■「とにかく学問という斧を鍛えておくと「コメント力」が増すという意味で、馬鹿にできないものがある。」
■「一瞬をとらえて「これこれこうしたのが、いとうつくし」と言う。この文体は大変強い。」
■「会話とコメントの違いは、コメントが短いという点にある。」
■「プレゼントとして相手に言葉を贈るのは、とてもお洒落なことだ。プレゼントに耐えうるコメントを言えるかどうかが鍵だろう。」
■「役割を一貫させて、その集団の中では期待されるスタイルを守って発言するということも、まわりを楽しませるコツだろう。」
■「自分の本心を常に言い続けるというわけではなく、場のなかで求められている役割に合わせてコメントを一貫させていくのも大人の知恵だと思う。」
■「これを言ってどうなるか、これを言ってどんなメリットがあるのか、を考えれば、発言はコメントへと進化したはずであった。」
■「人が言いそうもないことを言って、しかも的をはずさない。これは技だ。」
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2005年05月20日

「「頭がいい」とは、文脈力だ。」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・8】
<本の紹介> 〜「頭がいい」とは、文脈力である。(角川書店)〜


この本も大変素晴らしいものでした。
こんな素晴らしい本に出会えて、感激です!!

以下は、僕が感銘を受けた文章の引用です。↓

■「誰にも「頭がいい」状態と、そうでない状態があります。「頭がいい」状態が訪れると、人は幸福感を感じます。」
■「幸福感は絶対的なものです。…(中学生のバスケ部員でも、NBAの選手でも、いいプレイができた時の快感に変わりはない)…「頭がいい」状態とは、それと同じです。」
■「「頭がいい」状態は、一見幸せとは結びつきにくく感じられますが、実は幸せなことです。」
■「意味をつかまえたときのすっきり冴え渡った感覚が幸福感に繋がります。」
■「活字中毒のような特殊な中毒症状が、どうして人間には起こるのか。つねに何かを読んでいないといられないのは、つねに意味を食べていたいということなのです。」
■「(数学の苦手な人も)あるレベルまではわかる問題、解ける問題があって、そこまでは理解できていたはずです。一番の不幸は、わからなくなったところで挫折感を味わって諦めてしまい、その先に進めなかったこと。」
■「勉強ができることが必ずしも「頭がいい」ことだとは思いません。とはいうものの、意味をつかまえるトレーニングとして、勉強はひとつの有益な方法であることも事実です。」
■「「頭がよくなる」ことを諦めてしまう傾向は、若い世代にも見られますが、とくに多いのは自分が親になったとき。」
■「「頭がいい」イコール「勉強ができること」のような意識が重石になっているために、かえって「頭がいい」ということをポジティブに受け入れられない現実がある。」
■「意味をつかまえるというのは、その事柄の内容だけでなく、相手の言っていることや考えていること、その場の状況をわかろうとすることです。」
■「難しいことを専門用語や抽象語を使って話す人と、誰にでもわかるように平易に説明できる人とでは、どちらが「頭がいい」か。それは後者です。」
「現実を把握するということは、その周辺にあるさまざまな脈絡までもつかまえることです。…(中略)…すなわち場の空気が読めることです。それができる人を、私は本当の意味での「頭がいい」人と定義付けたいと思います。」
■「人はみな、それぞれの文脈を持って生きています。人が集うところには、必ず個々人の文脈があり、場の文脈があります。その状況を理解し、気を配れるということは、物事の関係を縦横から捉えることができるということです。」
(追補)「これは、単純に意味をつかまえられるだけでなくて、関連性までもきっちり把握できているということです。」
■「知的な話とは意味の含有率が高い話であるという考え方を知って、あらためて自分がいかに意味のある話ができないかということに気づくのです。」
■「「頭がいい」というのは状態のことであって、誰でも、何歳からでも変えられるのです。」
■「意味をつかまえていなければ、「頭がいい」とは言い難い。」(丸暗記は「頭がいい」とは違う)
(追補)「現代の教育でやることはほとんどが記憶力です。」
■「本当の意味での頭のよさとは、学力でもIQ でもなく、現実の社会を生きていくうえでのさまざまな局面における判断や対応のあり方です。…(中略)…ですから、基本的には、ある程度年齢がいっていたほうが「頭がいい」状態をつくりやすい。」
■「因数分解そのものを日常で使うことはなくても、頭の中の操作としては必要なのです。…(中略)…因数分解を計算方法としてして覚えていただけでは実生活には役に立たないでしょうが、考え方の一つとして把握していれば、必ずどこかで役に立つ。そういう意識を持つことが頭のよさへと繋がっていきます。」
■「単に記憶してそのまま再生するのではなくて、自分の頭を通して再構築して、自分自身の言葉として話したり書いたりするような勉強をもっと重視すべきだと考えます。それが意味をつかまえる力を培い、ひいては言葉を生み出す力に発展していく。勉強というのは、本来、そういう力を開拓していくことなのです。」
■「「頭がいい」ことに対しての不安感と嫉妬心は、他人との比較において芽生えます。「頭がいい」はひとつの状態であるとわかっていれば、闇雲に不安になることはないのです。」
■「「頭がいい」という言葉には、漠然と冷めた人という感じ、あるいは他人と距離を置いているようなイメージが伴っている。それは間違いです。本当に「頭がいい」と、他人に対する理解力も備わっているのですから、他人との距離を縮めることができる、親近感を強く感じる人であるはずなのです。」
■「一流のスポーツ選手というのは、実に「頭がいい」。」
■「自分で考えてやり抜いている人間は、実際に修羅場になっても強い。…(中略)…意味を完全に整理し切れない、最終的には統御できないところまでも、システムを作るわけです。」
■「今何のために何をやっていて、これがどういう意味があるのか説明できるのは「頭がいい」ということです。」
■「文字化されたものに限らず、私達が日常やりとりしているすべての意味には脈絡がある。その連なる意味をつかまえる力を、私は「文脈力」と呼んでいるのです。」
■「たとえその場でほとんど喋らなかったとしても、その人がそこにいることはひとつの文脈なのです。」
■「人と人とを関係づけて見られる人は、場の空気が読める人です。自分と人との関係づけ、つまり自他関係ばかりでなく、「他々関係」にまで気を配れる人は、かなり文脈力に富んでいます。」
(追補)自己中心的な人というのは、自分と他者との関係が正しく把握できないわけですから、ましてや他の人同士の関係を考えることなどできません。」
■「場の感知力は生まれ育った環境による、その人のひとつの持ち味ともいえます。この身体的な勘というのは、経験知によって研ぎ澄まされていくものでもあります。」
■「勘とは、経験知の集積に基づいた、瞬間的かつ総合的な判断です。」
■「自分が何のために何をやろうとしているかが鮮明であると、結果に結びつきやすい。」
■「数字ができる人には、朦朧としている人がいません。なぜなら、数学というのはルールが大事で一個その手続きを飛ばすと、正解が出せない。すべての手続きを滞りなく済ませていくことが大事だからです。」
■「文脈力を見定める一番手っ取り早い方法は、話の分岐点に戻れるかどうかです。なぜ今この話をしているのか。どこから道別れして、どこに戻ればいいのかがわかっていれば、文脈を完璧につかんでいます。」
■「意味や目的を持った会話、会議、授業や講義といった場合には、きちんと目的地が見えていなければなりません。」
■「自分が何の力を鍛えているのかわからない人は伸びません。」
■「聞く側には、話の内容そのものを把握する力と、その場の状況や話の流れといった周辺事情を理解する力が必要とされます。と同時に、「あなたの言っていることを理解していますよ」と相手にわからせることも大切です。」
(追補)「それがさらりとできる人と話をしていると、会話はより気持ちよく進み、「この人、頭がいいな」と感じるわけです。」
(追補2)「どうすればそれが可能になるか。それは、上手にコメントしたり、上手に質問したりすることです。」
■「人の話を聞く中で、文脈を捉える力を磨き、自分の「技」にしていくのです。「技」は、日ごろから鍛えておかないといざというときに発揮することができません。」
■「気持ちよく(話を)ぶった切られるケースがあるのか知りませんが、普通は自分の話の腰を折られると不愉快になるものです。」(「っていうか」について)
■「人の話をぶった切って、自分の都合でしか話さない人は、場の感知力がない人間として敬遠されます。」
(追補)最近の中高生は、携帯のメールを通して友達になり、気に入らないとメールアドレスを消して、繋がりを断ってしまうといいます。あるいはアドレスを変えて連絡が通じなくしてしまう。他者とまっとうに絡んでいない。他人の文脈にお構いなしに生きている。」
(追補2)「最悪なのは、他人には他人の人生があることさえ理解できずに、人を殺してしまうこと。」
■「現実とは複雑で面倒くさいものです。」
(追補)「もともと他人である別人格の人間と一緒に暮らすということだけで面倒くさい。でも、みんなその現実を引き受けていく。それが現実を生きるということです。」
■「相手をやり込めることばかりに意欲を燃やしているのはおかしい。…(中略)…その気になれば、どこにでも突っ込みを入れることはできる。けれども、揚げ足を取ったり、やり込めたりするというのは、本当の頭のよさを証明するものではありません。」
(追補)現実としてこういう揚げ足取り的なことを続けている人を頭がいいとはいえない。意味をつかまえてもいないし、意味を生み出してもいないからです。やり込めるというのは、少しも頭のいいことではないわけです。」
■「戦争という手段は、文脈を絡ませようとする努力を放棄したところに起こるのです。そこには復讐という連鎖しかない。」
■「結局、意味をつかまえるということは「繋がる」ということです。」
■「あるキーワードがあったときに、それをいわばひとつの網にして経験知を全部すくう技がある人は、アイディアが出やすい。」
■「共通理解が多いほど、新しい意味は生まれやすい。だから文脈力があるもの同士は、初めて出会って、短時間でも、相当アイディアが出る。」
■「文章の場合は言葉と言葉、文と文がきっちり繋がっていないと意味が通じません。つまり、文章として書かれたものを読む、あるいは自分で文章を書くという行為は、文脈力を培うためにもっとも有効なトレーニングメニューなのです。」
■「小説を書く、随筆を書くということを職業にしている人は、同じ経験をしていても、私たちよりも意味を取り出す能力がある。」
■「何かを伝えるためには、物事にはこういう前提があるという、始まりの事柄についての説明が必要です。」
■「現実に話されたことや行われていることから独自に会得していかなければならないという点で、文字化されていない情報をメモする能力は非常に大切だと思います。」
「あらかじめある程度の予測を立てておいて次に臨むことができると、理解というのは加速度的に進みます。」
(追補)「予測が外れても、それは経験知に加わります。次の文脈での、次の予測には必ず役に立つ。それがトレーニングの意味です。」
■「そこに書かれている意味が完全に理解できる。相手はつねに意味のあることをいっているという確信。それが重要なのです。信頼感というのは、人間と人間の関係の基本です。」
■「お喋りを聞いていると、どこにも必ずひとりはいるのが、のべつまくなし喋っている人。ほとんど「人間ジュークボックス」と化している。こういう人の話は、自分のことばかりです。他の人の話も横から取ってしまって、自分の話題に摩り替えていく。場の文脈がわかっていない。いや、場の文脈というものが存在することすら意識したことがないかもしれません。つまりあまり頭がよくない。」
■「会話を楽しいものにするコツは、相手の話とちゃんと絡んでいるかどうかにあります。」
(追補)「自分の話したいことを話すなら、相手のことを聞いて、それと絡ませて話せるかどうかが鍵になります。」
■「話を先に進めやすくするには、質問にも意味があるほうがいい。」
■「話すことでも、あるいは書くことでも、問いをはさむ習慣をつけると、文脈を見失わずに済みます。」
■「問いを立てられるということは、「人に問題を出せる」ということです。…(中略)…問題が出せるということは、全部のつながりを把握しているからできるのであって、それに対して答える側は、どこが繋がっているのかを想像して、問いと結びつくような答えを探す。」
(追補)「どんなに説得力のある答えを出したとしても、それが問いと結びつかなければ、文脈を無視したものに過ぎない。」
(追補2)「わかりきったことを訊くというのは、問いとはいえない。それは相槌と変わりません。」
■「文脈力とは、曖昧なものではなく、明確な技、実力なのです。」
■「元に戻る、違うところに繋げる、それができることが文脈力の基本です。もともと文脈力というのは曖昧なものではないので、枝分かれしていっても、必ず元に立ち戻れる。別々に見えるものを繋げることもできる。」
■「相手の話のピントがずれている、焦点がボケているときには、はっきりいうことです。…(中略)…人間というのは、より具体的に言わないとなかなか直せないものなのです。」
■「意味というのは繋がりを持って引きずり出されてくるところが面白い。知識が脈絡を持ってこそ、頭のよさと評価したくなるわけです。」
(追補)「あまり興味のもてない(話の)場合には、聞いているうちに飽きてしまいます。しかし、そこに、その人のオリジナルな視点が繋げられていると、俄然、面白く聞くことができる。」
■「自分で文脈を見失ってしまったと自覚できるということは、言い換えれば、文脈というものに目覚めたということです。」
■「重要なのは、ある現実からどれだけの意味を引き出す技術を持っているかによって、幸福度は変わるということ。」
■「文脈力というのは、状況にそれぞれの人がいかに関わっているかを把握することなのです。言ってみると、文脈を読み解くということは、いろんな人の意識の糸の絡み合いをほぐしていくということになります。」
■「「頭がいい」状態と記憶力は切り離せません。意味もわからずにただ丸暗記することは頭のよさに直結しませんが、ここで言う「記憶」とは、きちんと事柄の意味をつかんで理解し、自分の脳をくぐらせて経験知としていくことです。」
■「記憶というのは習慣であり、「技」です。記憶できないというのは、そのことに対して興味が持てないか、記憶する習慣を体得していないかのどちらかです。」
■「記憶力が悪い人、頭が悪い人というのはいません。記憶力のよくない状態や、頭がよく働かない状態があるだけ。」
■「記憶の連続性が、自己の一貫性というものを培っている。」
■「自己肯定力そのものは気質とも考えられますが、よい場面の記憶を繋ぎ合わせていくところにパワーが出てくる。」
(追補)「自分に対して、つねに自分は味方であると信じる、それが自己肯定力だと思います。」
■「感覚を記憶していくことは非常に大切です。あるシーンを写真のように記憶しているとか、映像のように思い出すことができることは、人生に厚みを増すコツになる。」
■「記憶するコツのひとつに、映像の記憶と言葉の記憶をセットにするとかなり覚えやすいということがあります。」
■「ある出来事があったとき、瞬時に網が繋がっていくような記憶のネットワークを持つ人は、長い時間ひとつのものに関わっていくうえで大変な資産になります。」
(追補)「ありありと話せるということは、明確な繋がりを持った記憶がしっかりと残っているからできるのです。」
(追補2)「いつでも(記憶を)随意に取り出せる状態にしてあり、それを自在に組み合わせて話を構築できる術を持っている人だけが、ありありと語ることができるのです。」
■「「語る」という習慣を持っていると、記憶が定着しやすい。つまり、記憶力を増進させる一番のコツは、人に向かって話すことなのです。」
(追補)「人に話をするときには、自分の中で構成を組み立てます。記憶について語るのでも、自分自身の印象に残ったところを繋ぎ合わせてひとつのストーリーに仕上げて話すので、そのまま再生しているようでも、実は自分を関わらせて再構成しています。」
■「記憶もまた、質感、手触り感があると、時間を経ても生き生きと取り出すことができます。」
■「経験知を巧みに組み合わせることができるのは頭がいい。何と何をセレクトすればいいのかが瞬時にわかるのは、脳の中の連結がいいということです。」
■「記憶はしていても、全部が整理だんすか倉庫にしまわれていて、三年ぐらいしまいっぱなし、もうどこにしまい込んだのかもわからなくいようでは、取り出せないと同然です。…(中略)…日常ではしまい忘れてしまった記憶というのは役に立ちません。」
■「記憶をいつも使用可能な状態に並べておくことが大事なのです。…(中略)…芋蔓式に引っ張り出せるようにしておく。」
(追補)「ときに、要らないことまで思い出すことがあります。…(中略)…よく考えてみると何か関連性がある。繋がっている。それが脳の中の自然なあり方なんです。」
■「「意味」を考えるのです。…(中略)…これ以上考えてもどうにもならないことを削ぎ落とし、これはいろんな意味を持っているということについてはさらに深く意味を考え、記憶に残す。そういう精神の癖をつける。繋がっているものを重要とする習慣をつけることです。」
■「忘れることもひとつの技。…(中略)…これ以上、このことを深追いするのは時間の無駄であるという見切りをつける。」
■「人間の記憶は、一度印象として染み付いてしまうとなかなか抜けないものだ」(野球の古田選手の言葉)
■「(古田選手は)過去のことを伏線として見ることが習慣になっていて、すべてが明快に理由付けされている。」
■「山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」の方が重要」(将棋の羽生善治さんの言葉)
■「忘れればそこにスペースができて、新しい発想が生まれるんじゃないかと考えている」(羽入善治さん)
■「忘れるからこそ新しいものを取り入れていくことができるのだと、ポジティブに考えていく。これが頭のいい発想法なのです。」
■「直感というのは経験知です。これでいいと思ったらそれで進み、次に開けてくる局面に思考を集中させる。」
(追補)「あれこれ考えて行動するようになってしまうと、勇気が出てこない。…(中略)…緻密に用意していても、踏み込む気持ちが弱いと、及び腰になって相手の心をひきつけられない。」
■「ひとつのことを考え続けるということが、「頭がいい」状態にとって重要な要因なのです。」
■「あることを考えつづける、工夫しつづける、その脳の粘着力というか、粘り強さがあると、「頭がいい」状態をキープし、さらに上へと高めていくことができるわけです。」
■「勉強は、脳の粘り強さを鍛えるためにやる。脳味噌の体力をつけるためにやるトレーニングメニューなのです。」
■「場の文脈に対して自分の文脈を絡めていく、自分を関わらせていくことが文脈力です。」
■「踏み込めないのは、生きる姿勢としての勇気が足りないこと。だから踏み込むというメンタリティを鍛えておくことが、現実をより確かに、賢く生きることに結びつけてくれる。人生における決断には、踏み込む勇気が非常に重要です。」
「仮に選択肢が四つあったとします。四つの中から自分が正解だと思うものをひとつだけ拾い出そうとする人は、ミスを犯しやすい人です。…(中略)…全部が同じように25%の確率で怪しいわけではありません。…(中略)…まずしなければいけないのは、大きな×印をどれにつけるかという判断です。これは幹ではない、絶対にありえない、というものをひとつ選ぶ。」
(追補)「私が採点者であれば、間違え方によって採点を振り分けます。もし大きな×印をつけるところで間違えたら、迷わずマイナス十点をつけます。ここは絶対に間違ってはいけないところ。意味が全くわかっていないということだからです。…(中略)…これは致命的です。何を言っても正しく理解できない人ということになります。」
(追補2)「ふたつに絞り込んだところで、細部に注意を払って考えて、答えを選ぶ。ここで間違えたという人はまだ見込みがあるので、正解の半分くらいの点をあげられます。」
(追補3)「四つを均等に調べようとするから細かいところまで目が届かない。ふたつに絞って比較すれば、結論は出しやすい。」
(追補4)「最初から全部をルーペで見比べている人はこれまた大局観がない。そこで、ざっくり分けて必要なところだけルーペで確認するようなやり方が望ましいということになります。」
(追補5)「丁寧に、最初の問題から一つひとつルーペで確認してじっくり考えていたのでは、時間がなくて最後の問題までたどり着けない。試験の感覚同様、配点の大きいものに時間をかけるべきなのです。」
■「大局観を持って、どれが幹で、どれが葉なのかを見失わないようにする。「頭のいい」決断をする人は、文脈力がある人なのです。」
■「「頭がいい」状態というのは、言葉を自在に操ることができる能力と深く繋がっています。基本的には、客観性のある話ができるということは頭がほどよく働いている証しです。自分の文脈しか見えず、何を話しても自分の話になってしまう人は、どう見ても頭がよくない。」
(追補)「こういった完全に自分だけの世界で回路が閉じてしまっている人は文脈力が欠如している。」
■「話というのも飛んだり、戻ったりするのは普通にあることですが、繋がりを持ち、ある程度の客観性を持っているほうがいい。」
■「記憶するときには、自分の経験を関わらせたことのほうが印象深くて覚えやすいし、思い出すときも、自分がどう感じたかということがたどれると記憶が甦りやすい。」
(追補)「食感とか味覚というのは主観的経験として残りやすいもの」
■「客観性と主観性を結びつけていく作業が(記憶するには)必要なのです。」
■「記憶が捩れてしまうとか、自分の妄想が膨らんでしまうようなケースは、主観と客観との区別に対する意識が薄いと思われます。」
(記憶がよじれる例:別の記憶と混じって正確に思い出せない 再生して話をする段になって、自分の勝手な解釈が加わってフィクション化してしまう、など)
「外側の世界からの刺激というものと、自分が受けた印象とをはっきり分けてとらえることができる人は、主観と客観の混濁が起こりにくい。」
■「青、赤の客観的世界と緑の(主観的な)世界がごちゃ混ぜになっていて、自分の話したことが現実だったのか自分の思いだったのかわからなくなってしまうと、それこそボケた話になったり、妄想世界にはまってしまいます。」
■「日本には、前置きや型どおりのフレーズなど、質感のない言葉があふれ返っています。意味がないのに、それをいうことでなんとなく意味があるかのように錯覚してしまう。…(中略)…形式的な論理性にこだわるのは頭がよくないのです。「そこに意味はあるか」と考えてみれば単純明快なことです。」
(例:「抜本的な改革をする必要が早急にあると考えられる」)
■「個別の状況に応じて、自分がどのような関わり方をしているのか、その繋がりというものが面白いわけです。自分を関わらせないで語ろうとすると、人は薄っぺらい印象を持ちます。」
■「(スピーチなどでは)たったひとつかふたつでいい、その場、状況と自分とを繋ぐオリジナリティのあるエピソードを織り込む。…(中略)…そういう建設的な作業をしないで、誰が言っても同じありふれた言葉を吐くだけというのは、怠慢極まりないと私は思います。」
■「文章を用意して覚えたり読んだりしようとすると、言葉が死んでしまいます。」
■「質問には頭のよさがクリアに現れます。…(中略)…本当に文脈力が必要になるのは(まとまった話ではなく)質問です。相手の脈絡にどう関わるのかが問われるところなので、質問が的を射たものであるかどうかで、文脈力が明確にわかる。相手の話を理解しているか。相手の現在の状況に思いを馳せることができるか。いいタイミングで訊きたいことを尋ねられるか…。」
■「あらかじめ準備された質問と答えなどというものは、生きていない言葉と同じです。質感に乏しい。」
■「臨機応変というのは、いきなり投げられた球でも、きちんとキャッチでき、自分を関わらせてまた投げ返せるということです。」
■「自分の話ばかりするのは年齢を追うに従って強くなる傾向でもありますが、これを続けていると、つき合う人の幅を狭めます。」
■「自分の話しかしない人と、自分の知っている話しかしない人同士は、容易に関わり合うことができません。」
■「最初の質問で感じたのと、大きく印象が変わる人はまずいません。」
■「質問に対して、日本では答えをはぐらかすケースが多い。」
■「日本人の受け答えのポイントがずれている最大の原因は、自分を守ろう守ろうとする自己防衛の意識が強いためだと思います。」
(追補)「まっとうに答えないこと、はぐらかすことが癖になっている。というより、答える習慣がないために、もはや対応できなくなっている。」
■「お喋りをするために事前に話す内容を考えたりすることはあり得ない。」
(追補)「男性の場合、話す内容に意味を求める傾向が強いので、お喋りに魅力を感じないのです。(だから男性にとって、意味なく話をすることはストレス発散になりにくい)」
■「実は、頭を使うお喋りとほとんど使わないお喋りとがあります。…(中略)…頭を使う会話にするには、自分を関わらせた意見なり感想なりを交えて話をすることです。」
■「考えないのは、人間にとってきわめてつまらないものです。」
■「つねに考えるという習慣をつけると、日常の会話にもぐっと意味が出てきます。気の利いた会話というのは、意味がある会話からしか生まれません。」
■「ちょっと視点を変えるだけで、見えないものが見えてくる、発想が広がるということはよくあります。行きかう文脈力を繋げるためにも、大いに役に立つ。視点を変えると、繋がり具合が違ってくるので、非常に客観性を増します。」
「視点を自在に移動できると、自分への囚われというものが少なくなっていきます。」
(追補)「しくじったって、たいしたことないや、とか、これがダメでもこんなふうにすればいい、と思えるようになる。これは自己肯定にもなりますが、他人を認めることでもあり、社会という枠組みの中で生きやすくなることでもあります。」
「重要なのは、ある現実からどれだけの意味を引き出す技術を持っているかです。」
■「幸福というものを突き詰めていくと、必ずしも快適な状態ばかりを意味するわけではないとわかります。晴れた空だけの一生というのも、それはそれで味気ない。悲しみもまた幸福感に通じるものです。」
■「同じ時間を生きるにあたっては、やはり意味が取り出せない人よりは、取り出せる人のほうが、充実感を味わえる。」
(追補)「初めて出会う人と何かがあって別れていくというような、ちょっとした出来事を短編にまとめ上げられる作家は、意味を取り出す力を持っているということになります。」
(追補2)「目に見えるものと、見えない心の動きの両面にわたって意味を書き連ねていく。小説というのはそうした意味を書いていくもの。すべてが意味なのです。」
■「本を読むことは、その意味の集積を読むこと。」
■「文章というのは明晰であることばかりが大事なわけではありません。簡潔明快なものには概して味わいはない。」
■「文脈というのは発信者が注ぎ込んだものに、受け手の側がどれだけ関われるか、どれだけ踏み込んで探しにいけるか、という問題です。」
■「現実をありのままに引き写すリアルさだけではなく、映画(の「モンタージュ」という手法)は断片的で、この間を繋いでいってくださいと観客に委ねている。…(中略)…ですから、見る側に強烈な印象が残りやすい。」
■「謙遜の美徳のようなものが、人間のエネルギーを押し込めている、相互に引きずりおろし合っているんだよ、この社会は。…(中略)…悶々と悩むからレベルが高いということは全然ない、ということをニーチェはひたすら言いたかったのです。」
■「能力のある人は、カオスに自分をわざと投げ込むことができる。これをやると自分の想像を超えたものを生み出すことができるからです。」
(追補)「ただし、文脈力のない人がやると支離滅裂になります。シュールであることと支離滅裂は別です。」
(追補2)「散らしてあってもちゃんと繋がりがあって、伏線に対してちゃんと答えが用意されていなくてはならない。とっちらかることと、散らすことは違います。」
■「ひとつのことを延々とやりつづけると、あるところからふっと違うゾーンに入っていくのです。…(中略)…その領域に入ると、ふだん発揮している能力以上の力がバーンと出る。」
(追補)「一回その集中状態に入ると、抜け出すのがもったいなくて止められなくなる。」
(追補)「(この状態に入るのを)「技化」できるようになると、レベルアップした頭の働きにいつでもすっと入ることができるようになっていきます。」)
■「訳のわからない人生訓を社訓にして毎日唱えたりしていても、社員の能力は高まりません。」
「意味が伝わらないと、一見同じことをやっているようでも、全く違う結果になってしまう。」
(追補)「私たちは普通、現実はひとつだと思っていますが、意味はひとつの現実に対して多元的にあり得るということを、ここでも学ぶわけです。」
■「現実に対してちゃんと現実感が持てるのであれば、客観と主観が区別できるわけで、幻の世界にのめり込んだって弊害はない。「オタク」として生きていくことになるだけで、世間的に大きな迷惑をかけることはない。」
■「感情のエッセンスがたっぷり込められている詩を読み、記憶にしっかり植え付けることで、こうしたものが生涯にわたって感情の源泉になるはずなのです。」
■「感情に関する文化的な素養がないと、他の人とうまく繋がることができない人間になりますから、(たくさんの感情を理解することは)自分自身が生きていく生命力にも、コミュニケーション力にも影響していくことになるのです。」
■「「頭がいい」というのは、相手の意図とか感情とか理論、その人が何をしたくてどうしてこう言っているのかがわかる人。脈絡をぴたっと捕まえられる人です。」
■「アイディアを出すというのは、かなり高度なように見えますが、用は文脈の組み替えです。文脈力というものがあって初めてできる。」
■「脳のネットワークの中で、こことそことが繋がったとなると、ではこっちをアレンジすることで何かができる、ということが見えてくる。そういう意味では、「触発される力」を含めて文脈なのです。」
■「「型」を自在に操れるところまでは鍛えることでできますが、「型」を創り出す人は別格。」
■「物理や数学の世界では、シンプルにすることができる人ほど頭がいいと見なされています。」
■「今何をやっているかが誰でもわかるようにするために、道具として「型」を設定する。」
■「どれだけ大きな文脈を自分の文脈と繋いで生きることができるかが、本当の頭のよさを決めます。」
■「「こうやろう」「絶対にやるんだ」というひとつの大きな強い意識なり意志が、決断のスピードを速めます。」
(追補)「今決められることを決めないで先送りしている、あるいは新しいことを始めるというよりは、いろいろなことを理由付けに現状を維持しようとするのは、決断をしないのと同じです。」
■「決断をしていれば、間違った決断をしたときにそれを止め、軌道修正を図る決断を迅速にすることができますが、先送りされたままの状態では、いつまでも問題の緒を引きずっていて止め時まで失う。」
(追補)「決断スピードが遅いのは、ビジネスにおいても勝負の世界においても致命的です。」
■「進展するための努力を怠ることができない状況というのは、つねに差し迫られているということです。」
■「外部の風にさらされていないところは、淀んでしまう。またそういうところほど、保身の意識が強いのです。」
「機嫌がいいというのは、気分だけでなくて、相手に妙な気を遣わせまいという気が利くことでもある。」
■「知的な人間はやたらとニコニコしたり、愛想よく振る舞ったりしないものだという思い込みがある。いつも機嫌よく穏やかに接する人を見て、頭のいい人間はこんなに上機嫌であるはずがない、と思っている。いや、思いたいんですね。いずれも人間の愚かなる嫉妬心です。」
(追補)「実際には、頭の膠着した人ほど、顔も表情も強張って無愛想で、頭のいい生き方をしている人ほど、にこやかで生き生きとした表情をしています。」
■「無気力の連帯感はすさまじいものがあります。」
■「もそっと淀んだように話す人は、頭が回転していないと思って間違いない。…(中略)…言葉ひとつ、表情一つに冴えがなく反応が鈍いけれど、実は頭がいい、などということはあり得ないのです。」
■「面白いアイディアが次々と湧いてくる、話していて気持ちがいい、といったことを感じさせてくれる人がいれば、その人と会話することで自分の中で何かが触発され、意味が生まれる心地よさを味わっているのです。そういう人は、自分にとっての「頭がいい」状態を作り出すためのパートナーと呼べるでしょう。」
「その時々の気分で物事を判断することは、一貫性を欠く。」
■「何かの問題に対処するには、ある程度、気分とは独立して考えるべきだ」
(追補)「人は往々にして気分に左右されてしまいます。」
■「「頭がいい」状態を維持することは、暗鬱な気分を払拭できるということです。それを技化すれば、人は気分に囚われない状態をいつでも創り出せることになります。」
■「「頭がいい」ことによって気分も変えられる。気分次第で頭の状態が変わるのではなくて、考える能力というものが、気分をも変えることができるわけです。」
■「まずは、自分の頭が一番働いて幸福感を感じることのできる瞬間は何かを見直して、そこを技化するところから地固めを始めましょう。」
■「すっきり定義するのは、なかなか大変な作業だ。」
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2005年05月19日

「質問力」(齋藤孝さんの本)

【僕の尊敬する齋藤孝さんについて・7】
<本の紹介> 〜質問力(筑摩書房)〜


この本はたいへん素晴らしいと思います。
感動しました!

以下は、僕がこの本で感銘を受けた文章の引用です。↓

■「初めて出会う人と3分後には深い話ができたり、相手の専門的な知識や話題を、たとえ自分は素人でもきちんと聞きだせる能力があるかないかは、その人の人生の豊かさを決定づける鍵になる。出会いが人生の豊かさの質を決めるのである。」
■「聞くだけではなく、質の高い質問をつねに相手に発していく厳しさがなければ、「コミュニケーション力」はなかなか上達しない。」
■「問題を作る側に立ってしまえば、テストはあっけないほど簡単に解けてしまう。」
■「自分がたとえ素人でも、質問のしかたによってすぐれた人からおもしろい話を聞きだすことができる。」
■「人間が成長していくためには、自分よりすぐれた人と対話をするのがいちばん早い。」
■「質問がおもしろければ、人はどうしても教えてあげたくなってしまう。」
■「いちばん大切なのは「質問力」というコンセプトをいつも意識する習慣をつけることだと思う。」
■「(日本人は)答えを要求される場合は考えて答えるのに、質問のときは深く考えず、なんとなく聞いてしまう。」
■「「質問力」は状況や文脈を常に把握する力が試されているといえる。」
■「積極的な人の中に的外れな質問をする人が多く、むしろ黙っている人のほうが、よく話がわかっていることがある。」
■「滔々としゃべっている人がすごいのではなく、質問をした人で場は支配されている。」
■「質問次第で相手の言葉が引き出せる。それによって相手の状況がわかってくるから、さらに深めた質問をする。その繰り返しによって「気が合うね」という状況を作り出すことも可能である。」
■「言葉がやり取りされている水面下には相手にも自分にも経験世界がある。だれもが自分の経験世界を話したい。」
■「おもしろい話をするからと言って、対話上手とは限らない。」
■「楽しい場を作っていくためにはお互いに経験世界を混ぜ合わせることが大切だろう。双方の脳味噌を混ぜ合わせられる快感が、充実した時間を過ごしたという感覚につながるのである。」
■「相手の苦労や積み重ねてきたものを掘り起こすような質問ができると、少なくとも相手にとっては深まった話ができた印象になる。」
■「相手が持っている主観的な世界に対してこちらがおもしろいと感じて質問すると、相手は「そういえば」と言ってあれこれ思い出す。それは発見であり、非常にクリエイティブな関係だ。」
■「身体感覚は人の過去の経験世界に結びついている。」
■「自信を持って扱える道具があるかないかということは非常に大きい。それまでの人生で、その人が何にエネルギーをかけてきたのかがわかってしまうからだ。」
■「(選ぶときに)母集団が20個から10個選んだのか、1000個から10個選んだのかで、その10個は違ってくる。」
■「本質的であることと抽象的であることは一見似ている。」
■「子供はしつこく聞く。相手の事情や文脈をあまり理解しない自己中心的な質問といってよい。」
■「質問とは相手の状況、相手の興味、関心を推しはかり、自分の興味や関心とすりあわせてするものである。自分の一方的な興味だけで聞く質問は、相手にとって苦痛以外のなにものでもない。」
■「人に語ると整理ができる。これは頭を整理する鉄則だ。逆に言えば、頭を整理させてくれるような質問を自分にふってくれる人はありがたい。」
■「何でも相手の経験世界に踏み込めばいいというものではない。」
■「アンケートの質問を考えるのは非常に難しい。質問のしかたによっては具体的な答えが返ってこなかったり、本質的なことがわからない。失敗するとまったく回答なしということもある。」
■「質問は充分練って作らなければならない。いくつか考えた上で取捨選択して選んでいく。あるいは一つの質問をブラッシュアップさせていく。これが練るという作業だ。」
■「取りあえずあいづちを打っておくことで、本当は相手の話に同意していなくても相手の話を引き出して聞くことができる。これが「質問力」の前提になる作業である。」
■「あいづちに近いが相手の言葉をオウム返しに繰り返す技もある。これは場を流して次の言葉を引き出すのに効果的である。」
(追補)「ただし語尾を上げた疑問形にしてはいけない。あくまでも語尾は上げずに繰り返す。」
■「相手の話の中にキーワードをまず見つける。そして相手の口から発せられた言葉を自分も使うと、相手はたいへん好感を覚えるのである。」
■「相手の言った言葉ではなくまったく違う外部から「引っぱってきて」、第三の文脈を立てるという技もある。」
(追補)「自分の経験世界だけで話さず、外部のテキストを共通のテキストとして話すのは、会話を盛り上げるコツである。」
■「「ああ、なるほど」と手を叩きながら繰り返す。相手と知識を共有していない時にも使える技だ。」(ブルペンキャッチャーはピッチャーの調子を上げるために、わざと音を響かせて球をとる)
(追補)「この技は知識の豊富な人と話す場合に使える。受け方さえ上手なら相手はどんどん話してくれる。するとこちらは勉強できる。」
■「聞いたことのない専門用語や固有名詞が相手から出たときは、繰り返すことで自分のほうが慣れていく。自分が言った言葉には慣れやすいからだ。」
■「自分自身がどういう人間かを説明するより、互いの好きなものを見せ合うほうが相手との接点を見出しやすい。」
(追補)「もし好きなものが通じ合っていれば、会話は一気に盛り上がる。好きなものについて語り合っている時が、いちばん幸せな状態だからだ。」
■「お互いに違う人生を生きるもの同士が、どこかに交差点、結び目、つながりを見出せれば、あとの話はかなりうまくいく。」
■「相手と自分がいったいどこでつながっているのか強く意識しながら対話をすることが、いい質問を生み、コミュニケーション全体をいきいきとしたものにするのだ。」
■「大切なことは相手の好きなものと自分の好きなものにたとえズレがあっても、何とかつながりを見出しながら話を折り合わせていくことだ。」
■「その人間がいちばん力を入れている部分をしっかり認めることがコミュニケーションには必要である。」
(追補)「大切なのは、相手がいちばん苦労したことを取りあえずくみ取ることである。」
(追補2)「つまりコミュニケーションは減点制ではないということだ。…(中略)…弱点ばかりを拡大してみるという評価の仕方だと、お互いに共感が深まらない。」
■「対話においては、誰もが「自分の言っていることに意味がないのではないか」という不安に襲われている。あるいは襲われなければいけない。」
■「(相手の言葉に対して)見つける側のアンテナが豊富であればあるほど、ひっかかってくるポイントは多くなる。するとそのポイントを題材に、次々と話が展開できるようになる。」
(追補)「漫然と話を聞いていて、そういうコミュニケーションができるはずはない。ポイントをたくさん見つけようと意識しながら聞いているからできるのである。」
■「相手の言ったことに対して、「それは別のこれと似ていますか?」と質問するのは、質問の王道である。」
(追補)「別の何かを持ってくることで、相手も触発され食いついてくる。上手に似ているものを出せた場合、特に相手が考えてもいなかったものや秘密にしていたものを提示できれば、「この人は自分のことをわかってくれてんだ」と感動してくれる。」
■「「お元気ですか?」とか「最近どんな調子ですか?」とか軽い質問で話しかけ、軽く答えて一応終わる意味のないコミュニケーションも時には必要である。」(一種の礼儀)
■「相手に沿っていて、なおかつ本質を突く質問に、変化をたずねる質問がある。相手の中に起こった変化(転換点)について語ってもらう。その答えは豊かになることが多い。」
■「変化について語るのは非常にやりやすい。相手に変化前と変化後を比較させて話させればいいからだ。」
(追補)「1つだけだと何も触発されないのが、2つ並べて比較するといろいろなものが見えてくるのだ。」
■「大事なのは劇的に変わった瞬間については、人は熱く語るということだ。」
■「コツについて聞くのもいい。…(中略)…ただ「ファンです」という形で聞くのではなく、その人が苦労を重ねてきた、思いがこめられているところを「コツ」という形で質問すれば、口から言葉がほとばしる。」
(追補)「技術というのは非常に具体的なポイントであり、その人の専門性を尊重することにもなる。」
■「(インタビュアーが)私でも代わりに答えられるような質問をプロの選手にしているのは、見ていて苦痛である。その人にしか聞けないことを聞くのが礼儀だろう。」
(追補)「「質問力」のなさを決定付けるのは勉強不足である。相手に関する情報がなければいい質問はできない。」
■「相手が専門家の場合は特にそうだが、できるだけ相手の専門性を尊重してあらかじめ知識をつけておき、それに基づいて質問するのが望ましい。」
■「日本では素朴な質問が喜ばれる傾向にあるが、それは間違いである。基本的にきちんと知識があった上でする的確な質問のほうがすぐれている。」
■「(対話など他に聞いている人がいる場で)「自分にはすでにわかっているが、他の人も知りたいだろう」という質問は、配慮のきいた質問になる。この「大人ゾーン」の質問をうまくできるかどうかで、大人の対談になるかどうかが決まる。」
■「話に沿って展開していく場合、比較的よく使える技には「具体的に言うとどういうことなんですか」という質問がある。これはあらゆる場面で使える。」
(追補)「むしろ具体例のほうが頭に残ったりする。」
■「基本技は、抽象的な話になりすぎたら、「具体的に言うとどうなるか」と質問する。具体的な話が長すぎたら本質的なテーマに持っていく。この往復運動がずらしのコツである。」
■「ひっかかりを作る努力が「質問力」の重要な部分である。一つ聞いただけでだめでも、くじけないでいくつか聞いていく。」
■「相手の話を自分の経験世界に引きつけて話す時、注意すべきポイントがある。自分の話に引きつけていることを意識できていることである。意識があれば、話が行き詰まった時、相手の経験世界に戻すことができる。しかし、意識できていないと、ずっと自分の話を続けてしまうことになる。」
■「コミュニケーションのひとつのコツだと思うが、「私個人の暦の話になりますが」と前置きができることは大切だ。…(中略)…つまり、コントロール可能ということを相手に示しているのだ。自分の話を始めたら止まらなくなる“病気”は持っていないことが分かる。」
■「答えている当人がその質問をされるまで思いもしなかったことが導き出されるものを、最もすぐれたクリエイティブな質問という。…(中略)…そのインスパイアが起こる働きをもった質問が、もっともクリエイティブな質問ということになる。これが「質問力」の最終目標である。」
■「一人の人間として聞くのか、同じアメリカ人として聞くのか、あるいは同世代の人間として聞くのか、聞く人の立場によって答え方も違ってくる。」(相手との関係性によって答えの質が変わってくる)
■「相手が言ったことに対して「どうしてか?」と聞き、その答えに対して「わかるよ」と受け取る段取りは共感系の基本作法である。」
■「一つでもインスピレーションを得ることができれば、コミュニケーションは完全な成功である。」
■「「どうして」「どうやって」という質問で何度も促しているのはカウンセリングマインドに近い感じで、相手の心に寄り沿い、一番心の負担になっている部分を分かち合いたいという方向性がある。」
■「物事の結果について聞くより、何かが生まれてきた経緯について聞いたほうが得るところが大きい。」
■「ハイレベルの「質問力」で大切なのは自分自身にその質問をした時、どう答えるのかを、一応シミュレーションして、ある程度の答えを用意しておくということである。自分が聞かれたら、とうてい答えられないような質問はしない。そうでないと、返ってきた相手の答えに対応できないわけだ。」
■「テーマを持った質問は、コミュニケーションを深める可能性が高い。」
■「コミュニケーションの際、相手の精神分析的な深層心理や過去の心的外傷をつき詰めていくことがいいことだとは思わない。だが、その人にとって活動の根幹をなしている本質的なテーマについては常にふれていた方がいい、と思っている。」
■「質問が短いのに答えは長い。ということはそれだけ答えを引き出すパワーを持った質問ということになる。」
■「相手に対してよく勉強をしていて、他の人が気付かないようなポイントを質問することによって信頼を得るのは、コミュニケーションのひとつの方法だ。」
■「質問や対話のコツとして、相手が苦労している事柄で表に出にくいポイントに関して聞くのは有効な方法である。」
■「当人が思ってもいないようなことを引き出してきたり、今までつながっていなかったものがつながって来たり、一つのテーマが非常に深まってきたり、質問によって自分自身も忘れていたようなことがわき上がってくる経験が、コミュニケーションの喜びである。」
■「偉大な聖人たちはほとんど本を書いていない。質問に答えて話をするのが基本的なスタンスである。」
■「(偉大な人たちは同じ質問をしているのに)なぜあの人にはこう言って、この人には言わなかったのか?それは相手のレベルを見通して答えを言っているからだ。彼らも普遍的かつ絶対的な真理をいつも述べているわけではない。質問者しだいによって引き出されるものが違うのである。」
posted by コッパ at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 尊敬する齋藤孝さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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