2005年09月23日

TQ(タイムクエスト)

【TQ(タイムクエスト)】
〜心の安らぎを発見する時間管理の探求〜
(ハイラム・W・スミス)



この本は、友人の38氏
に紹介してもらった本です。
大変すばらしい本でした。

下記に引用文を羅列しましたが、この本が伝えんとする概念を理解するには、本そのものを詠むことが必須だと思います。
すばらしい本でしたので、興味のある方には、ご一読をオススメします。

↓↓以下は本の引用です。



【始まり〜第1章】


■私たちの所有物はすべて、私たちに時間を要求している(スタファン・B・リンダー)

(重要!)■私たちの生活の中に新たに入り込んでくるものは、人であれ物であれ、
すべてが「私と一緒に時間を過ごしましょう」と叫んで、時間を要求する。
そう要求されると、たとえあまり満足感を与えてくれるものでなくても、付き合ってしまうことになる。

■心理学者によれば、自殺はコントロール願望の最終的な現われであることが多いという。
つまり「自分がコントロールできるのは、生きるか死ぬかの選択だけだ」ということである。

■「心の安らぎ」とは、誰もが求める最高の満足感や幸福感である。

■「心の安らぎ」を得る秘訣は、私たちの価値観においてもっとも大切なものは何かをまず知ることから始まる。
つまり、自分の人生において最も重要なことは何かということを考えてみることである。

■人生で私達が大切にしているものを達成できなければ、時間管理をどんなにうまくやっていたとしても意味がないということだ。

(重要!)■私たちは過去のことを思い返して、「ああすればよかった」「こうできたはずなのに」と嘆き、
やるせない思いに駆られることがあまりにも多い。
それは忙しさにかまけて、そのときしなければならないことばかりに時間を取られすぎ、
本当に大切なことをないがしろにした結果なのである。

■結局、私たちはいつも快調でいたいのだ。

■自然の法則とは、廃止できない法律のようなものです。(セミナーに参加していた一人の紳士)

■私たちが認識していようがいまいが、自然の法則は存在する。
そして、私たちの同意がなくても、その結果は必ず現れるのだ。

■時間を計る基本的な単位は出来事である。すべては出来事なのだ。

■時間とは、いまいましいことが一度にではなく分散して起こるようにしてくれるものである。(とあるセミナー参加者)

■あなたは人生を愛するか。ならば時間を浪費しないことだ。
人生は時間によって成り立っているものなのだから。(ベンジャミン・フランクリン)

■人生にはコントロールできない出来事があるということではなく、それらにどう対処するかということである。
たぶんもっとも現実的な対応策は「適応する」ことであろう。つまり慣れることであり、長いものには巻かれろ、ということだ。

■あなたが完全にコントロールできる唯一のもの、それは自分自身なのだ。

■「心の安らぎ」とは、出来事を適切にコントロールすることによりもたらされる、
生活における静寂とバランスと調和のことである。

■ともすると私たちは、時間管理を時計と結びつけて考えてしまう。
しかし、時計が教えてくれることは1つしかない。太陽が空を移動するのにどれだけの時間がかかるかということだけだ。
それは私たちにはまったくコントロールできない出来事である。

■結局は、他人のすることはコントロールできないのだ。

■私たちはニーズが大きければ、普通はコントロールできないと思っている出来事でもみなコントロールしてしまう

(重要!)■私たちは本当はコントロールできることでも、コントロールできないと自分で思い込んでしまうのだ。
そして、選択肢がまだあるのに、あきらめてしまうのである。

■日常の出来事をコントロールできるようになると、自分自身に対して良い気持ちを抱くようになるということだ。
特に、自分にとって大切なことがコントロールできたときには、すばらしい気持ちにひたれる。
(漫画のハンターハンターで、ヒソカはトランプのピラミッドを建てて、指で崩して、ぞくぞくしてたな〜)

■私たちには大切なことをコントロールしたいという欲求がある

■重要なことの中にも順序がある。

(重要!)■第一の誤った考えは、「今は無理だが、いつの日かきっと暇な時がくる」というものだ。
「来週やろう。来月やろう。来年やろう。子供が大きくなったらできるさ。退職したら時間ができるから」
と考えてしまっているのだ。

■第二の誤りは、「時間は貯められる」という考えである。
しかし現実は、私たちに与えられた時間は今だけなのだ。

■「時間がない」と言っている人の言葉は真実ではない

■何かを「する時間がない」と言うとき、私たちは自分自身が本当に何を言っているのか分かっていないし、相手にも分からない。
だから、言われたほうは気を悪くすることがない。
しかし、この小さな嘘をついて自分自身に時間がないと思わせていることがなんと多いことだろう。
「時間がない」と思うことによって大切なことをやり残してしまうことがなんと多いことだろうか。

(重要!)■「時間がない」と言うとき、テレビを見ることやクロスワードパズルをすることなど、本当はどうでもいい出来事を、
子供と遊ぶとか、近所の人ともっと親しくなるとか、書きたいと思っていた本を書くとかいった
本当に大切な出来事よりも大切にしている、と私たちは言っているのである。

■時間には限りがある。その時間がどういうわけか、まるで盗まれるかのように私たちのもとから消えていくのだ。

(重要!)■時間はお金と同じである。
1時間テレビを見るとき、それは、その時間を何に“使わないか”を決めたことになるだろうか。
そう、そのほかのすべてにである。

(重要!)■誰かがあなたの銀行口座からお金を盗み出したとしたらどうだろう。当然腹を立てるだろう。
でも、さまざまに姿を変えた泥棒が生活に忍び込んできて時間を盗んでも、まばたき一つしない人がほとんどなのである。

(重要!)■ほとんどのものが文字どおり私たちの生活に侵入してきて、私たちが気づかないうちに時間を奪っていく。

(重要!)■あなたが無駄に過ごしている時間のパターンというものが、先週や先月のパターンとほぼ同じなのである。
そうなると、生活を蝕んでいる時間泥棒を退治する策を講じない限り、
あなたはこれから死ぬまでの間ずっと同じパターンで時間を浪費することになる。

■不必要で時間を取るに値しない、またイライラさえするような中断が多くあるものの、絶対に必要な中断もある。

■中断する人は、「自分の中断のタイプはこれです」とは決して言ってくれない。
だから、あなたのほうでポイントをついた質問をして見分けるようにしなければならない。
つまり、会話の主体を自分から相手に移すのである。
すると、「中断の正当な理由を言いなさい」という暗黙のメッセージを相手に伝えることになる。

■心配事や質問などを抱えて何度もあなたのところに来る人に対しては、定期的に1対1の面談の時間を取るようにするとよい。
こうすれば、緊急で優先度の高いこと(必要な中断)以外はあなたのところに持って来ないことになる。

■チャンスや機会というものは、何の前ぶれもなく、タイミングの悪いときにやってくる。

■チャンスというものは平等に、“後回しにする人”の扉も叩く。しかし、“後回しにする人”はそれに応えようとしない。

■なぜ私たちは最も大切なことをどうでもいいことの犠牲にしてしまうのだろうか。

■生産性を向上させ、実りある結果を得て、また健康を維持するには、しばしば自分の「安心領域」を出ることが必要になってくる。

■いやな仕事を抱えると、人はそれを後回しにする。
しかし、後回しにすれば出来事が私たちをコントロールするようになり、生産性は低下し、自尊心もなくなる。

■「いくつかの小さな仕事に分ければ、これといって難しい仕事はない」(ヘンリー・フォード)

(重要!)■理由の如何を問わず、「後回し」は致命的な時間泥棒である。
これを克服する最良の方法は、緊急性を盛り込むようにすることだろう。

■目的がないと、人は引きずり回されていると感じるようになる。

■人間にも吃水線(きっすいせん)がある。それは口から発せられる言葉だ。
あるときは、「これ以上引き受けられません」と言わなければならないだろう。
あるいは一言、「いいえ」と言わなければならないこともある。
もしその日の計画がきちんとできていれば、「いいえ」と言う土台ができていることになる。

■どの組織にも、他の部門にふらふらと出歩いていって、
様子をうかがったり、おしゃべりをしたり、噂話をしたりすることを楽しみにしている人がいる。

■やる気のなさは命取りになりかねない。やる気がないと間違いなく生産性は低下する。

■誰でも物忘れをすることがある。

(重要!)■結論を出さないでおくと、他の人や周囲の状況によって結論が出されてしまい、
しかもそれが必ずしも自分に有利なものになるとは限らない。

■多少のミスがあっても、優柔不断で何もできないでいるよりいい

■どんな組織でも、コーヒーポットの周りにたむろする人々は、
生産性を致命的に落とすグループになりかねない。(無駄話すんな)

■疲労は気力を衰えさせるものであり、例外なく生産性を低下させるものなのだ。

(重要!)■私たちには日々の勝利が必要である。その日やると決めたことを達成したとき、私たちの自尊心に及ぼす影響は甚大である。
しかし、達成できなかったときは、まったく逆の結果が出る。
その影響は自尊心だけでなく、生活のあらゆるほかの側面にも現れる。
達成すべきことは迅速に達成しなければならない。

■大切な情報や書類をすぐに見つけられないようであれば、生産性は落ちる。

■今すぐ処理する必要のない書類の山をデスクの上に置かないことだ。デスクの上に置くとどうしても見たくなる。

■あまりにも完璧な姿を求めるために、なかなか仕事に着手できない人がいる。

(重要!)■うわの空の状態は確実に時間の浪費につながる。うわの空になるのは、目標がないからだ。
その日の計画がよくできていなくて、じかんをどうつかうか明確になっていないとき、うわの空に陥りやすい。

■努力をすれば私たちが今考えている以上に、たくさんの時間泥棒をコントロールできる

■私たちは「重要」な仕事と「緊急」な仕事を明確に区別する必要がある。

■今すぐ、出来事をコントロールしているという気持ちを味わう方法をお教えしよう。電話に出ないことだ。

■緊急度は優先度そのものではなく、優先度に影響を与えるものである

■緊急度の高いものにも、良い点はある。普段、気に留める努力をしなくてもいいということだ。
緊急度の高いものは、言われなくても自分から出てくるからだ。

■時間管理とはただ単に手帳にスケジュールを書き込むという以上のものである。
計画を作成する前に、あなたの人生で何がもっとも重要なのかをぜひ考えてほしい。




【 第2章 】


■私たち一人ひとりはそれぞれ異なった価値観に基づいて生活している。
あなたの日々の行動をつかさどる価値観は、あなたにとっても大切である。

■「心の安らぎ」とは、私たちが行うことと、私たちが最も価値を置くものとを一致させることの結果なのである。

■あなたはすでに価値観を持っている。
しかし、価値観を持っていることとそれを明確な状態にするということは違う。

■人は自分にとって何が本当に大切なのかを感情のレベルで理解するようになると、心に変化が生じる。
そして、毎日の行動を全く異なった観点から見るようになり、
「今日やっていることは私の人生にとって本当に大切なことなのだろうか」
といった不快な問いかけまでするようになるのである。

(重要!)■特定の価値観が自分にとって大切であることが分かると、とたんに今までにはなかった緊急性を覚えるようになる。
今まではただ重要だと思っていたことが、重要かつ緊急なものとなるのだ。そうなると、行動にも変化が現れる。

■価値観と言うものは人によって違う。
子供の頃の生活やこれまでの経験、持っている才能や興味、性格によって異なってくる。
だからこそ、「こういう価値観を持ちなさい」とは言えないのだ。

(重要!)■人はその持てる語彙の枠を超えて思考を広げることはできない。

■体が健康でなければ価値観を守り続けることはできない。

■自尊心が高まると、副産物として時間の価値が高まる。
時間の管理は私の人生の出来事をコントロールする以外の何ものでもない。

(重要!)■大切なことは、自分の価値観を探し当ててそれを自分で分かる言葉に表現し、
その価値観が人生でどんな意味を持つか説明を加えることなのだ。




【 第3章 】


■重要な事柄は自分からそう仕向けなければ、めったに緊急性を帯びることはないのだ。

■価値観に優先順位をつけていなければ、「心の安らぎ」をもたらしてくれる選択であるかどうか分からないまま、
二者択一の決定を下さなければならないという事態が起こる。
自己正当化や妥協といったものが入り込んでくるのはこのときだ。
優先順位がはっきりしていないときには、普段よりも安直に、
「自分は間違っていないのだ」と自らを正当化しやすくなっているのである。

(重要!)■優先順位があやふやだと、行動が価値観や原則によって決まるのではなく、
自分にとって短期において望ましい結果かどうかで決まってしまう。
これは「結果が手段を正当化する」という考え方である。

■価値観の間の優先順位があやふやなとき、別の問題が生じることがある。
どちらも良いことで、一つに決められないというケースだ。
つまり、二つのよくないものの中から良いほうを取るのではなく、二つのよいものから良いものを選ばなければならない。
この場合、どちらを選ぶかを教えてくれるのは、価値観がはっきりしていること以外にない。

(重要!)■ポイントは、決定するときに、その場その場の気まぐれではなく、価値観に照らして選択することである。

■仕事を1日8時間、1週間に5日間行うということは、
多くの人々が本当に大切だと思うことと常に対立した状態で生活していることになる。
仕事からストレスを受けるのは、まさにこの対立の狭間にいるからである。
つまり、自分が本当にしたいこととは違うことをいつもしていることになるのだ。

■「心の安らぎ」は、自分の行動が自分の信条と一致したときにのみもたらされる。

■人の可能性には限界がない。私は強くそう信じている。

(重要!)■大切なものが大切でないものの犠牲になってはならない。
自分にとって最も大切なことは何なのかを明確にし、それに沿って日々の生活を送るようにしないと、
私たちの生活から主体性がなくなり、反応的な生活を送るようになる。




【 第4章 】


■人は易きに流れがちで、次第に自分の安心領域へと入り込んでしまうという傾向がある

■私たちは、精神的、情緒的、社会的、あるいは心理的な安心領域も創っている。
この安心領域は目に見える安心領域と比べて抜け出すのが容易ではない。

(重要!)■目標を設定することは、計画的に現状と対立することである。
したがって、定義から言えば、目標の達成とは、
何か新しいことを行うこと、安心領域という快適な環境を離れて未知の世界を開拓することである。

■これまで慣れしたんだ古い習慣を捨てるのはなかなか大変なことだ。
事実、目標を定めるのがいやだという人のほとんどがこの理由からである。
つまり目標は、新しい行動へと私たちを駆り立てるからだ。

■具体的な目標を設定しないと、人々は経済的な安定を得ることはできない

■目標がなければ本当に生きているとは言えない。ただ息をして生存しているだけだ。

■私たちは努力しないと、自分にとって快適な生活パターンや習慣へと次第に入り込んでしまう。

■そう思っただけで何もしなければ、結局は一つも達成できず、がっかりすることになる

■つまり、目標は将来のためのものだということである。
過去のことには無駄な時間とエネルギーを費やさないようにしなければならない。

■宝くじを当てようと思っている人でさえ、少なくともくじを買うという行動を起こさなければならない。

■ほとんどの人にとって経済的に自立できるかどうかはプロセスであり、自分の行動にかかっている。
人生のほかのすべてのことも同じだろう。
目標を達成するには、そこに至るための「中間ステップ」を定めていかなければならない。

■書面にすると目標は具体性を帯びてくる。具体的なものでないと、達成しているのかいないのか分からなくなる。
また改善するためには、できているかどうかを計測できるものでなければならない。

(重要!)■目標は単に個人の改善を求めるのではなく、その人の行動を促すものでなければならない。

■目標はまた現実的なものでなければならない。
高い目標を設定するのもいいが、高すぎると失敗して、失望し、目標設定のプロセスが実りのない活動の連続になってしまう。

■あまりにも低い目標は高すぎる目標と同様に何の役にも立たない。

■そしてまた、目標はタイムリーなものでなければならない。
今取り組む時間のないものを目標としてあげることの内容にしてほしい。
またその達成にあまりにも時間がかかりすぎて目標が意味をなさなくなるのも困る。

■目標設定のやり方を学ぶことは、ほかの技術を学ぶことと同じだ。
どこから設定し始めたらよいかを教えてくれる人がいるとやりやすい。(ディック・ウィンウッド)

■自分自身の価値観をしっかり持ち、他の人の価値観に迎合せず、自分の価値観に忠実に生きるためには、強固な意志の力が必要だ。

■「他人が何を考えるか、どう思うかは問題ではない」
たとえ周囲の人と価値観が違っていても、もしあなたが自分の価値観を守り通し、その通りに生活していれば、
周りの人々は次第にあなたを受け入れてくれることだろう。
人から受け入れられないと嘆き続ける人は、むしろ自分自身の価値観に対して誠実な行動を取っていない人なのである。

■変化を恐れる理由の一つは、変化によって失敗するのではないかと考えることだ。
失敗に対する恐れは、目標設定を阻む動機としてはかなり強固なものである。

■また他人の意見も、目標を設定して変わろうとする私たちの気持ちをくじけさせる。
失敗すれば「それみたことか」と思われるし、成功すればしたで、
変わってしまった自分を好きになってもらえないかもしれないと考えてしまうのである。

■他人の目は私たちを破滅へと追いやる目である。
もし私をのぞいたすべての人が盲目ならば、
私は上等な服も、豪華な家も、高級な家具もほしいとは思わないだろう。(ベンジャミン・フランクリン)

■ほとんどの場合、失敗したからといってこの世が終わりになるわけではない。
何とか気を取り直して、失敗から学び、成功するまで何度もチャレンジすることができるのだ。
むしろ、失敗してもいいと開き直るくらいの気持ちがあったほうが、成功への強い意欲となって行動に現れてくる。
その意味で、失敗は私たちの生活の中でむしろ前向きな力になる。
恐れるべきものではないのだ。

■あなたは、どんないやなことがあっても自分の価値観を貫くと決心しているだろうか。
これまでの自分に戻ろうとする誘惑がどんなに強くても、決めた目標は達成するもだと決心しているだろうか。

■どんな出来事も偶然も運命も、
意志の強い人の強固な意志を、
妨げることも、阻止することも、抑えつけることもできない (エラ・ウィーラー・ウィルコックス)「意思(Will)」

■決意はあなたの心の内からくるものでなければならない。
もしあなたが決意をしない人であれば、またこれからもそうしないのであれば、
あなたは自分の時間も自分の人生も紺とロースすることができず、
これからの自然の法則に従うことによって誰もが味わえると話した、あの「心の安らぎ」を味わうことはできないのである。
しかし、もしあなたが価値観を定め、目標を設定して安心領域を脱し、日々の生活の中で出来事をコントロールし、自らを向上させ、
「心の安らぎ」を必ず得るのだと決意するならば、何ものもあなたを止めることはできないだろう。




【 第5章 】


■計画のために時間を使えば使うほど、全体にかかる時間は少なくてすむ。
今日の忙しさに圧倒され、計画の時間をスケジュールから外してはならない(エドウィン・ブリス)

■1日の活動を計画する人はほとんど見られず、しかも、72%の人が時間がないことを理由に挙げている。(アレック・マッケンジー)

■計画せずに1日を始めるとしたら、その1日は主体的な1日になるだろうか。
いや、出来事に流されてしまうような非主体的な1日となり、やがて生活をコントロールすることができなくなる。

■中断を処理する方法はある。
「中断」を厄介者ではなくチャンスとして捉えればいいのだ。
つまり中断は、計画をしないことの安っぽい言い訳に過ぎないのである。

■もし中断が例外ではなく日常茶飯事のような環境であれば、その環境に見合った現実的な計画を立てなければならない。
時間が限られている場合は、課題を細分化して大きな課題の隙間に入れるようにするとよい。

■計画には柔軟性を持たせよう。たまには何もしない日も必要である。

■ほとんどの人が正しい計画の立て方を理解していない。
時々実行項目のリストを作っている人はいるが、それだけで計画ができていると考える人が多い。

■とにかく、「計画する時間がない」という考え方は、捨ててしまうことである。

■毎日の計画の時間には、目標に目を通してこう自問するときだ。
「目標に近づくために、今日具体的に何を行うべきだろうか、あるいは始めるべきだろうか」

■具体的でない課題を羅列しただけだと、サハラ砂漠に向かって矢を射るようなもので、標的がない。
具体的な標的があれば、達成確率が高くなるのは自明の理なのである。

■障害を予測しておくということは、否定的な気持ちで1日をスタートするということではない。
予期しない出来事に対して即座に対応できるようにすることである。
(周囲に障害物がないかどうかをレーダーでチェックすることと同じだ)

■もし私たちが最も重要な課題から手がけていたら、たとえやり残した課題があったとしても、
それらは完了したものと比べ、あまり重要なものではないもののはずだ。

■優先順位を決めるということは、出来事の相対的な重要度と価値を決めることである。
計画を効果的なものにするためには、欠かせないことだ。

(重要!)■優先順位を決めれば、価値観を置いていない課題に時間を取られなくてすむ。
また、重要ではない課題のために人生の中で最も重要な課題が犠牲になることも防ぐことができる。

■レーザー思考とは、10分から15分の計画の時間に、全精力をかけて次の2つの質問に答えることだ。
「私が人生で最も優先するものは何か」
「その中で自分にとって最も価値の高いものは何か」

■レーザー思考とは、価値観と目標という拡大鏡を使って、毎日の活動について時間とエネルギーを集中することである。
あなたの心の中で最も大切なものとしてしっかり認識されたものは、必ずや達成することができるだろう。

■何が本当に大切かを心に決めて、なおかつ時間と努力において必要な犠牲を払えば、私たちは偉大なことが達成できるのだ。

■月曜から金曜までの行動一覧表は、作ってみるとなかなか楽しいことに気づく。
なぜならリストに記入したことに取り組み、完了したら線を引いて消す。それが気持ちいいのだ。
では、そのリストにないことを達成したらどうするだろうか。
わざわざリストに書き加えて線を引いて消す。
なぜそんな面倒なことをするのだろうか。これも気持ちがいいからだ。

■優先順位をつけるということは、出来事の相対的な重要度とそれを行う順序を明確にするということである。

■レーザー思考の秘密はここにある。
いつの時点でも、とにかく優先順位の最も高い課題にエネルギーを集中する。
そしてそれを達成するまで、リストの中のほかのものについては一切考えない。

■何も覚えていなくてもいいというのは、それだけで心が安まるものだ。

■遊ぶお金の心配以上に、せっかくの休暇を台無しにしてしまうものは何だろうか。
そう、帰ってからしなければならない仕事について心配することだ。

■1日の計画をすべて他人任せにすることは決してしないでいただきたい。

■生活をコントロールしたい人はコントロールのためのツールを使わなければならない。
大工は、ハンマーが重いからといってハンマーを放り出して手で釘を打つようなことはしない。
時々手を休めることはあるが、仕事をするときはそれに合った道具を使う。

■大切なことは、
自分で計画すること、計画に優先順位をつけること、そして、その計画を効果的に実行に移すためのツールを持つことだ。

(重要!)■決心するだけなら簡単だが、決心することを実行に移すことは全く別の次元の問題である。
決めるのはあなた自身なのだ。

(重要!)■人格とは、価値ある決定を、決定したときの感情が去ったあとでも確実に遂行していく能力

(重要!)■私は、約束(自分への約束も含む)を守るためには並々ならぬ努力の継続が必要なことを発見した。
自制心とはすぐに獲得できたり、何もせずに維持できたりするものではない。
たとえ辛いことであっても心に決めたことを持続するだけの力が必要なのだ。
それを助けてくれるのが「習慣」という力である。

■好むと好まざるとにかかわらず、私たちは習慣の動物である。

■実際のところ、習慣がなかったら人生は悪夢と化してしまうことだろう。
どんな細かなことでも意識してそのつど行動を決めていかなければならないからだ。

■もし私たちが日々の生活を送るとき、毎回すべてを意識して決定していかなければならないとしたら、
処理しなければならない膨大な情報に囲まれてパニックに陥ることだろう。
そしてその結果、ほんのわずかなことしか達成できないことだろう。

■習慣は、何千もの課題や日常の決まりごとを、われわれが精神的な重荷を受けることなく処理するのを可能にしてくれている。

■習慣について自問することがあるとすれば、次のことだけだ。
「自分は進んで良い習慣を育もうとする人間だろうか。それとも悪い週間が育っているのをそのままにしておく人間だろうか」

■良い習慣というものは、私たちの価値観と一致したものである。価値観に基づいたものだからこそ良いものなのだ。
もし、私が優れた人格の持ち主であるならば、
私の良い習慣は外部の状況が変化しても、またその状況がどれほど過酷なものであっても、揺らぐことはない。

■環境の変化に屈するのは弱い人格の現われだ

■私が得た最大の教訓は、良い習慣というものは困難な状況を切り抜ける助けになるということである。
決心が揺らぐとき、あるいは決心を貫くことが不都合なときに助けてくれるのだ。

■約束を守るということは人格の問題、意志の問題である。

■あなたの価値観を特定し、目標を定め、日々優先順位をつけた日課のリストを作成して、それに取り組むのだ。
それはいつしか習慣となって、人生の出来事に対するコントロールの度合いが高まっていることを実感できるはずだ。



【ここから 第U部】

■あなた自身の価値観を明確にすることと、その価値観に自分の日々の行動を一致させることとは、必ずしも同一ではない。




【 第6章 】


■結局のところ、人生で成功を収めるには変化が必要である。

(重要!)■行動を変えようとするとき、その変化が自分の利益になると感じるまでは、行動は変わらない

■実際は、私たちが行うすべてのことは特定の心理的欲求への反応であると言えるのではないだろうか。

■「生きようとする驚くべき意志」という力の作用がなかったらこの世のどのような科学技術も役には立たなかったはずである。

■生きることへの欲求は、人によって程度の差はあるものの、誰にでも存在する。
私たちには生きたいという欲求がある。しかしこの望みは、たんなる意識的な選択でもなければ、死への恐れからくるものではない。
驚くほど強力な自然本能なのだ。
生存への欲求は非常に強いもので、私たちは生命が危険にさらされると普通では考えられないようなことをする。

■愛し愛されることは単なる願望以上のものだ。
これはおそらく人間にとって最も影響を与える、生きる欲求よりももっと強い欲求なのかもしれない。

■私たちは愛を求めていろいろなことをする。
活動内容そのものにあまり興味のないグループに入るのも、何かに属していたいという欲求があるからだ。
私たちは自分にとってあまり利益にならない人とも付き合う。気に入らない行動を取られても我慢する。
また、夫として、妻として、友として、私たちは途方もない犠牲を払う。それは愛の欲求があるからだ。

■愛がなければ人生は退屈であり、耐えがたいものになる。
逆に、愛があれば、私たちは見ることなすことすべてに意義を見いだす。

■愛は強力な力、欲求なのだ。

■小さい頃、自分が独立したユニークな存在であることを自覚したときから、
私たちは大切だと思われたい、人に注意を払ってもらいたいという本能的な欲求を抱き続けている。
そして成長するにつれて、このユニークでありたいという気持ちを強めていく。
私たちは人に注目してもらおう、認めてもらおうとして、意義のあることから非難されるようなことまで何でもする。
そして、たとえ愛を勝ち取れなくても、敬意だけは払ってほしいと思う。

■殺人者や窃盗犯の行動を見ると、
「俺を見てくれ。これをやったのは俺だ」と叫んでいるのではないかと思われることがしばしばある。
多くの場合、彼らは明らかにそれと分かる証拠を残す。つかまるようにわざと証拠を残したとしか思えないようなことがよくある。
自分のしていることを知ってほしいのである。

■私たちは誰もが人に良く思われたいという欲求を持っている。
そして、大人の持っているこの欲求は子供と比べて深くこそあれ、浅いものでは決してない。
ところが大人の場合、社会的な壁があり、素直に賞賛を求めることができないのだ。
少なくとも大っぴらには「自分は立派な良い人間なんだ」とアピールしてはならないと思っている。
本当は「私を見てください。よくやったでしょう。私はこんなに良い人間で、大切な存在なんですよ」と叫びたいのだ。
しかし、人はそういう行動をエゴイスティックだと言って評価しない。
そこで、この欲求を満たすため、私たちはあまり正直でない、ストレスを満たすような手段で相手の気を引こうとする。

■変化がなければ、私たちの生活は絶えがたいものになる。
人が毎日同じ服装をしないのもそのためだ。

■人は変化がなければ成長しない。
もし来る日も来る日も同じ経験を繰り返し、同じ感覚の生活が続いたら、私たちは人間としての存在を失ってしまうことだろう。

■事実、この変化を味わおうとする欲求は非常に強いもので、
ほかの3つの欲求(生命、愛情、自尊心)を犠牲にしてでも満たそうとすることが時々ある。

■私たちの中には、今度はあの欲求、次はあの欲求というように、
その時点で満たされていない欲求を満足させようと、そのつど奔走し、目的のない人生を送ってしまう人がいる。
またもう一方では、富や権力、奉仕、芸術など、特定の欲求を徹底的に追及している人も大勢いる。

■「思いの窓」はあなたの顔の前にあると想像してほしい。あなたが動くたびに「思いの窓」も動く。
あなたはその窓を通して外の世界を見ている。また情報を得るときもその窓を通して得る。
窓は、世の中やあなた自身やほかの人々について、
あなたがどう思っているか、またはどういうふうに感じているかを映してくれるものなのだ。

■自らの経験や周りの反応を通して、あなたは自分が頭がいいとか悪いとか、美人だとかそうでないとか、
仕事ができるとかできないとか、想像性があるとか鈍いほうだとか判断する。
しかしそれは、本当のところはどうなのかよく分からないのだ。
にもかかわらず、この「思いの窓」に刻み込まれた想いはあなたの行動や物事への姿勢に強い影響を与える。

■あなたの「思いの窓」それ自体は、いいとも悪いとも言えない。
それは、これまであなたが培ってきた想いや信念の集まりとしてそこにあるだけなのだ。

■現実の世界を正確に映し出す思いや信念を「自然の法則」と呼ぶことができる。

■私たちの想いは真実の世界をそのまま反映していることもあれば、そうでないこともあることが分かる。
私たちの「思いの窓」は化学的な証拠によって強く裏打ちされたものもあれば、中には全くの主観にすぎないものもある。

(重要!)■ここで大切なことは、
あることに関して「それが真実だ」という想いを持っていれば、それに基づいた行動をするということだ。

■「想い」とは、私たち自身の価値観を反映したものであることが多い。
事実、自分が信じていることを客観的に分析してみると、自分では意識していなかった自分の価値観に辿り着くことがよくある。

(重要!)■それぞれの問題には数多くの考え方や想いが可能性としてあること、
そしてあなたが持っているものと異なった想いが世の中には存在することを知ってもらいたいのだ。

■2つの想い、あるいは考え方がそれぞれ全く異なった行動パターンを引き起こすことから深刻な争いが起こることになる。
双方とも自分が正しいと信じているからだ。
それは、自分の行動も他人の行動も自分の価値観を尺度として判断していることに原因がある。

■正しい、正しくないにかかわらず、誰もが自分の行動を方向づける「想い」を持っている。

■想いが真実なのか偽りなのか、あるいは個人的意見なのかは、自らの観察によってテストできる。
科学者の世界において仮設とか論理とか呼ばれるものは、このテストの連続である。
そしてその努力により、正しくない想いを正しい(あるいは少なくともより正しい)想いに変えてきた。

■私たち個人の場合、自分の「思いの窓」にある想いを一度映してしまうと、
それを絶対的に正しいものだと信じきってしまうところに問題がある。
それが真実を述べたものなのか、はたまた自分の誤解なのか分からず信じてしまうからだ。
自ら吟味をしていない状態は、やがて問題を引き起こす。
その想いが適切であるかどうかに関わりなく、私たちは自分の「思いの窓」に映ったことを真実であるかのように行動するのだ。

■私たち個人の「思いの窓」に加えて、学校や職場などの組織の中で「集合的な想いの窓」とでも呼ぶべきものがある。
この窓は、その組織にいる人々の共通の思いを映し出したものだ。
これらの2つの窓を重ねて外の世界を見た場合、一方の窓が他方の窓と想いが一致しないという事態が起こることがある。
そのときは、どちらの窓の想いに優先権を与えるか選択しなければならない。

(重要!)■私たちは「思いの窓」に映し出しているすべての想いに対して、
“自分の行動を支配するルール”を無意識のうちに作ってしまう。

■(自分の行動を支配する)ルールが機能するのは潜在意識のレベルにおいてである。
危険な状況に陥ったときに、私たちがいつでも何も考えないままに行動できるのはそのためのものだ。

■ある特定の想いが自分の欲求を満たしたかどうか、確実に分かる方法は1つしかない。
時間をかけてその行動の結果を見ることだ。
結果の良し悪しは時間が経たないと分からないことがが多いからだ。

■想いを修正するプロセスは日常茶飯事である。
これは「経験」と呼ばれるもので、人生を成功に導くためには欠かせない要素となる。

(重要!)■良い判断は経験から得られる。経験は愚かな判断から生まれる(とある作家)

■人は経験を通して想いを変え、新たな想いを取り入れ、別の想いに高い価値を与えるのである。

(重要!)■その人の行動パターンを見れば、その人の「思いの窓」にどんなことが映されているのか、
かなりのところまで知ることができるし、
逆に、その人の「思いの窓」に何が映し出されているかが分かれば、ある程度正確にその人の行動を予測することができる。
そして最終的には、その行動がどのような結果をもたらすかが分かるのである。

(重要!)■私たちの想いの中には、義務感や他人からの期待のために、
本当は信じていなくても、信じているように「思い込まされている」ものがある。

■誰もが経験していることだろうが、すべきだと思っていても何も行動に移していないことがよくある。

■自分が心から信じていることが行動を起こさせるのであれば、
新しい想いを取り入れた瞬間、なぜ私たちの行動は変わらないのだろうか。
もしこの問いに対して完璧な答えを持っていれば、私は人間の病弊のほとんどをなくすことができるようになるだろう。

■たとえば、体重を減らさなければならない、タバコをやめなければならない、
もっと体を鍛えなければならないと「分かっている」のだが、
心の中には「心臓病や肺ガン、脳卒中などは、私には無関係だ。私は大丈夫だ」という隠れた想いも存在している。

■もし誤った根強い思いを取り除けば、私たちの行動は正しい想いに即した行動に変わり始める。

■私たちの行動は私たちが本当に信じていることの表われであるということである。
もし私たちの行動が、意識的に揚げた想いを反映していないと思われる場合は、
私たちの「思いの窓」に相反する思いがないかどうか調べてみる必要があるだろう。

■想いは正しい。しかし、「思いの窓」に重大な死角が存在する場合がある。
自分の求める結果をもたらす想いというのが、どのようなものか分からないという状況のときだ。

■失敗を分析して分かることは、失敗の要素がほかの点にあること、
つまり、私たちが無視していたことが、ほかにあったということだ。
これはとりもなおさず、私たちの人生には経験から学ばなければならないことが多いことを示している。

■その想いがあればほかのことは何も必要ないというわけにはいかない。

■ほかの要素も理解しなければならない。新しい情報がくるのを、ただ待っているだけでは駄目だ。
積極的にそれを探し出し、この世の真実をしっかりと理解しなければならない。

■自分の「思いの窓」に何が書かれているか、を自分で見ることはなかなか難しい。
(中略)あなたをよく知っている人であれば、
あなたが普段から疑問すら持っていないがために見えなかったさまざまな想いを、指摘してくれることだろう。

■その想いが何であれ、大切なのはあなたの「思いの窓」に何が映し出されているかを知ることだ。
どんなことをするにしても、その窓に何が映っているのかが分からなければ何もできないからである。




【 第7章 】


■お分かりのように、時間が経過しなければ結果が現れないことが多い。
熱いものに触れるとその結果はすぐに出るが、そのほかの行動については何年も経たない限り、結果が明確にならない。

■誤った仮説のもとに事を進めていても、たまたま悪い結果が現れないことがある。ラッキーなケースだ。
したがって、私たちの想いについては2つのテストをしたほうが賢明である。
1つは私たち自身の経験よるテスト、もう1つは他人の経験によるテストだ。

■何が常識かを考えたり、どんな望ましくない結果を招くかを考えるだけで、
もっと良い想いを探そうという気持ちになることも良くある。

(重要!)■最も重要なポイントはここだ。
「あなたの行動の結果は、長期的に見てあなたの欲求を満足させるだろうか」

■何を信じるかは、自分でコントロールできることなのだ。それがポイントだ。
自分の「思いの窓」を見つめることにより、そこに映されていることをいつでも変更したり組み直したりすることができるのである。

■個人の成長とは、「思いの窓」に映し出されていることを改善するプロセスである、と言えるだろう。
最初の段階は、あなたの窓に映っていることには誤りがある可能性を受け入れることだ。
これを喜んでできるかどうかで、あなたが大人かどうかが分かる。

■人間関係にこの「操作」という要素が入り込んでくると、必ずトラブルが起こる。

■心理学者によれば、私たちの心は対立する2つの考え方を同時に抱くことはできない。
したがって、無意識のうちにより論理的な考え方のほうを選び、そうでないほうを拒絶する。(認知の不協和)

■自分と、自分の「思いの窓」は別物なのだ。

■失敗は成長の一部である


【著者が若い頃から気に入っている言葉】

■いかなる成功も、家庭での失敗を償うことはできない
■死ぬ間際になって、もっとオフィスにいる時間を長くしておけばよかったと思う人はいない
■たとえ仕事の効率化につながらないものであっても、知識には価値がある


■誰も他人を変えることはできない

■勧めたり、頼んだり、提案したり、時に要求したりすることはできるが、
その人自身が変わることを望まない限り、変化は生じないのである。
変わりたいという気持ちは内から湧いてくるものでなければならない。

■「あなたの行動はあなたそのものではない。そして、あなたの行動が私を苦しませているのです」
と言えば、あなたは悪い人にはならない。
ただ、人を傷つける「誤った想い」に従った行動をしている、と言っているだけなのだ。




【 第8章 】


■私たちの行動は、私たちが「思いの窓」に何を映し出すかによって大きく左右される。
私たちは「想い」が正しいか(つまり現実に即しているか)、
あるいは誤っているか(つまり現実を反映していないか)ということに関わりなく、
それらをすべて「正しい想いなのだ」と仮定し、それに合った行動を取る。

■否定的な行動は、そのままにしておくと、人生をコントロールしようという真剣な努力さえも挫折に追い込んでしまう。

■否定的に行動は、極端なケースになると、本人にとっても他人にとっても障害をもたらす破滅的なものになりかねない。

■あらゆる否定的な行動はすべてその人のコントロール不足を示すものである。
つまり、受身の生活を送っていることからくる症状である。
また否定的な行動は、「思いの窓」の中の「誤った想い」によって欲求を満たそうとした結果として生じてくることがよくある。

■噂話は、ほんの一瞬だけだが、あなたをよい人間に仕立てる。ときにはヒーローのように見られることもある。
しかし、その一瞬の栄誉は消え失せて、人を引きずり下ろしたという事実が自分の身にはね返ってくるだろう。
長い目で見て私たちが得るものは、敵の群れ、すなわち私たちが不意打ちを食らわせた人々と、
どこに行っても私たちから離れない悪い評判の2つだ。

■これが否定的な行動の典型的な結果である。
短期的には欲求が満たされ、長期的には満たされないということなのだ。

■中毒とは短期的には利益をもたらし、長期的には破滅をもたらす習慣的な行動(とある心理学者)

■短期的には利益が出るものの、長い目で見れば破滅である。
これは中毒、つまり否定的な行動なのだ。あまりにもたくさんの行動がこの範疇(はんちゅう)に入るので驚いてしまう。

(重要!)■否定的な行動を克服する第一のステップは、問題があるという認識に立つことである。
第二のステップは、自分には満たされていない欲求があり、それがその行動を生み出していることを認めることだ。
第三のステップは、「誤った想い」を特定すること。
これは少なくとも短期間において、その欲求を満足させられるだろうと考えて取り入れた想いである。
第四のステップは、それらの想いを「正しい想い」と入れ替えることである。

■「私の価値は友達に認められるかどうかで決まる」
若い人にはこういう想いを自分の「思いの窓」に映している人が多い。

■その人の行動パターンを観察すれば、その人の「思いの窓」に何があるかが分かるということである。
それよりももっとすごいのは、
その人の「思いの窓」に映された想いが分かれば、将来の行動がかなりの確率で予測できるということだ。
行動が予測できればほかに何が予測できるだろうか。結果まで予測できるのである。

■「思いの窓」に「誤った想い」を入れると、短期的には効果のある行動が生まれるものの、
長い目で見ればその行動は破滅的なものになる。
なぜ長い目で見てどんな結果が訪れるのかが分かっているのに、そのような行動を続けてしまうのだろうか。
残念なことだが、自分の力でそのサイクルを断ち切らない限り、それは続いてしまうのだ。

(重要!)■多くの人にとって、束の間の効果を捨てて、物事を長い目で見ることは実に難しいことなのである。

■「思いの窓」に何を映すかは自分自身の責任である。
また、その想いをそのまま持ち続けられるかどうかは、私たちがコントロールする問題なのだ。




【ここから第V部】

■あなたの勇気と冒険心が切り拓く未来は、あなた自身の手の中にある。




【 第9章 】


■他人の目を無視するのは難しい。尊敬していたり、一目置いていたりする人の場合であればなおさらであろう。

■人は皆、自分自身の自尊心を肯定してくれる他人からの認知を求めるものだ。
常に自分のことは良く思いたいし、人に良く思われたいと願っている。
しかし、この他人の同意を得たいという気持ちがプレッシャーになり、
私たちが本来持っている真の価値観とは異なった行動に出てしまうことがわれわれにはよくある。

(重要!)■人から認めてもらおうと躍起になればなるほど、私たちは人生のコントロールを失ってしまう。
自分自身ではなく他人の価値観に沿って行動するようになるからだ。

■人を喜ばせるにはどうしたらよいかを推し量りながら行動する場合がある。
これは、私たちが他人の価値観を自分自身の理解に照らし、
そこで出来上がったイメージに従って行動している以外の何ものでもないのだ。

■もしかしたら誤りであるということを可能性として受け入れる

■私たちはそのときの周囲の雰囲気によって、自分の「思いの窓」に映すものを決めてしまうことが少なからずあるはずだ。
会社であろうと隣近所であろうと、その集団の価値観を受け入れてしまいがちである。
その際、それが私たちの行動や感情にどれほどの影響を与えるかはあまり考えていない。
特に、将来ある若者たちが周囲の環境や集団の価値観によって「思いの窓」の想いをゆがめられてしまう危険性は少なからずあるのだ。

(重要!)■人が何と思っているかは、私たちがそれを受け入れれない限り、私たちに影響を及ぼすことはない。
他人の意見がどうであっても、私たちは自由に幸福をつかむことができるし、成功だってできるのだ。

■多くの人はどうも自分を一個の人間としてはあまり高く評価していないのだ。

(重要!)■私たちの働きは、完全ではない。理想と現実の間には必ずギャップが出ることだろう。
しかし、それでいいと私は思っている。
大切なことは、「今ある姿と理想の姿との間のギャップを埋める努力」をし続けることである。

(重要!)■理想を低くすることはあきらめにすぎない。

■人は夢や本当の価値観や目標を捨てたとき、虚しさが残るものだ。自分の理想を低くした状態がまさにそうなのだ。

■「心の安らぎ」を得るためには、価値観と目標を持つことが必要である。心の中に永久に理想を持ち続けることだ。
妥協せずに、自分の実績を限りなく理想に近づけていこうと努力するのだ。
それは簡単なことではないが、可能性は誰にでもある。私たちは果たすべき役割において10(満点)になることができる。
なぜその可能性があるかと言えば、私たちは一人の人間としては10点満点の存在だからである。

■あなたの「思いの窓」に映し出されていることは、あなたの自尊心に多大な影響を与える

■私はまた、私たち個人の成功や目標の達成が、自分のものの見方に左右されていることも確信している。
幸運は自らの手で作り出すもので、偶然にやってくるものではないのだ。
私たちの内にある生まれながらの能力(ちから)が流れ出て、成功へと導いてくれるときにこそ、幸運はやってくるのである。

■パンを落としてしまうとき、不運な人はいつもジャムを塗ったほうが下向きに、幸運な人は上向きに落ちるのだ。(マーフィーの法則でもこれあったな〜)

(重要!)■私たちの生活に「決して成功をもたらさない順応」とはどういう種類のものかを考えてみたい。
それは、自分自身の本心や価値観に反しているにもかかわらず、人がしているからというだけでそれに従うというものだ。
この種の順応は私たちの心の目を覆い隠すものである。
人についていくのに精一杯で、ちょっと立ち止まって周りを見ればすぐそこにある、チャンスや解決方法を見逃してしまうのだ。

(重要!)■私たちが自分自身の価値を他人であるそういった人たち(友人、クラスメート、同僚、遊び仲間、知人など)に認識させ、
他人の価値観を絶対的なものとして受け入れてしまうとき、私たちは自分の人生のコントロールそのものを他人に委ねることになる。
コントロールを失っているという意識もないまま、疑いもなく委ねてしまっているのだ。

■大半の人はものを言わず、失望に満ちた人生を送っている(H・D・ソロー)

■人が仲間と同調したがってもうまくいかないのは、たぶん自分とは異なった太鼓の響きを聞いているからだ。
拍子や音の大きさがどうであれ、われわれは自分のリズムに合わせて自らのステップを踏まなければならない(H・D・ソロー)

(重要!)■目標を達成するには、自分自身の個性に順応し、自分自身の価値観の響きに合わせてステップを踏まなければならない。
私の幸福と成功は自分らしさを決して失わないところにかかっている。自分の可能性を求めて生きることが大切なのだ。
(自分への順応思考)

(重要!)■誰も認めたがらないことだが、私たちには人をコントロールしようとする傾向がある。
こうすべきだ、こう考えるべきだ、こうあるべきだと、自分の考えを他人に押しつけてしまうのだ。
さらにひどいことに、私たちが人からコントロールされることを好むという事実もある。
人の価値観に順応することによって得られる安心感を求めるのだ。
しかしその一方で、私たちはこのような「誤った想い」に従った行動がもたらす結果を、決して望んではいないのである。

■あなたは一個の人間であり、独自な存在なのだ。
もしあなたが自分の人生のコントロールを失えば、同時に独自性も失われる。
他人のパーソナリティー(個性)をぼんやりと映し出すだけの人間になってしまうのだ。
人生における真の成功は、あなたが自分の個性と独自性に対して誠実に生きることによってのみもたらされるものである。

■国家という大きなものから家庭という小さなものまで、組織を正しく機能させるには、
その組織を構成している構成員一人ひとりの独自性を認め、それを伸ばしていかなければならない。

■「歩くときのリズムが自分とは異なる人」をいやがる人がいる。
自分とは違うリズムの人をコントロールしようとしたり、時には殺したりすることさえある。
自分の道を歩くということは、そのような重い代償を支払わなければならないこともあるのだ。

(重要!)■本当に望むものに行き着くにはそれだけの苦痛が伴うことも覚悟しておいてほしい。

(重要!)■一時的な激情や慢性的な習癖から行動しているのでない限り、どのようなことを行おうと、
あなたはこの3つの感情(恐怖感、義務感、愛情)のいずれか1つに基づいて行動していることになる。

■恐怖感は一つの行動に向かわせる強い動機づけともなる。
ただし、そこで問題になるのは、そのような動機で行動せざるを得ない人が味わうなんともいえない不満感である。
なぜ不満感といういやな気持ちが生じるのだろうか。
それは、恐れの感情が私たちを外から動機づけているからである。

(重要!)■恐怖感から行動するということは、他人の価値観に反応するということである。
恐怖感とは全く受動的なもので、人は受身になると、人生のコントロールを失い始める。
恐怖感から行動するとき、私たちをコントロールしているのは誰であるかを考えれば、すぐに分かることだろう。
それは自分自身ではなく、紛れもなく罰するための剣を頭上で振りかざしている人たちなのである。

(重要!)■そもそも「何かをすべきだ」という義務感を感じさせているのは誰だろうか。
その一部は私たちの誠実さからくるものかもしれないが、私たちを縛っている義務感という縄があって、
誰かがその端を持って私たちの行動を操作するように引っ張っているのだ。
また、義務感という縄には、目に見えない「負い目」という金具がついていることがある。
人は負い目を感じると、何らかの形でそれを返さない限り、義務感がその人生を不快な気持ちにさせる。

■仕事を愛している人は、何か代償を求めるためにそれをするのではない。好きだから、したいからするのだ。

■自分にとってふさわしくない誰か他の人の想いに従って生活しなければならないと感じるとき、
心に葛藤が起こり、ストレスが生じる。

■行動と生産性は必ずしも関連しない。忙しさと生産性は必ずしも同じではない。リラックスすることも価値あることだ。

(重要!)■自分の価値というものが、人の意見や自分の所有物、そのほか何らかの外的なものに基づいているとしたら、
長い目で見れば必ず問題が起こる。

■完璧に本来の自分でいることは、実は誰にでもできることなのだ。




【 第10章 】


■貧しいというのは心の問題であり、お金とは全く別の問題だ。

■この「豊かさマインド」とは、地球には人間一人ひとりのために充分なだけのものがあるという考え方で、
私たちが自分の持っているものを分かち合えば、みんなが得をするという精神である。

■接ぎ木をして大きな実をたわわに実らせることのできる人間が、とれた物を飢えた人々に食べだせる術を知らない。
この世で新しい果実を創り出した人間が、その果実を食べさせるためのシステムを創り出さない。
そしてその過ちは大きな悲しみとなって国全体を覆っているのだ。(ジョン・スタインベック)「怒りの葡萄」より

■「人が豊かな生活をするのに必要なお金を得たなら(豊かな生活の定義は人によって違うが)、
それ以上のお金を得られたとしても、それはその人のものにはならない」
ということである。
その人が得た余剰の財産は、人の世話をしたり世のために役立つことに使うため、その人に託されているものなのだ。

■人には同義的な責任があると思う。
必要以上に物を所有する人は、それが不足している人々のために余剰の分を使う責任があるというふうに、私は考えている。

(重要!)■誰も他人を裁けるほど充分な情報を持ち合わせてはいない

■富の分配を「法律」で定めることは不可能である。各自の自由意志をもって行わなければならない。

■福祉だけに頼るようになってしまった人は自尊心を失い、生産性を向上させようとの意欲もなくなってしまう。
そういう人たちの「思いの窓」には、世の中が自分たちの生活の面倒を見てくれるはずだという「想い」があり、
働いて、もらったお金を何とか返そうとか返済しようという気持ちがなくなってしまうのだ。

■間違いなく確信できるのは、何か行動を起こさなければならないということだ。

■人は自分一人だけですべてのことを行うことはできない

(重要!)■物事を成しとげる正しい方法は一つではなく、複数ある

■もしあなたが何かをたくさん持ちたいと思うなら、達成する最良の方法は、今持っているものを人に分け与えることなのだ。
分け与えることによって、人は所有者としての意識が増してくる。
しかし、貯め込めば羨望と敵意を招くことになるだろう。

■世界中で私たちが気づかなければならないことは、
「快適で安全な生活が確保できたら、余剰分の金品は人のために使うよう自分に託されているのだ」
と自覚することなのである。
余分なお金を持つ人が、みんな進んでそのような考え方を抱けば、世界の貧困や苦痛は大幅に軽減されることになるだろう。

■どんなに新しい知識でも、私たちを変えるもの、良い人間へと方向づけるものでなければ意味がない。

■教えるものは学ぶものの人生に変化をもたらすために、知識だけでなく、それ以上の何かを備えていなければならない

■教える人の人生が空っぽであれば何も伝えることはできない。
死んだバッテリーから別のバッテリーに電気を送ろうとしているようのものだ。

■人は自分が高いところに立たなければほかの人を引き上げることはできない。
学ぶものよりも、知識やエネルギーにおいて上に位置していなければならないのだ。
そうでなければほかの人の人生や生活を変えることなど到底できないだろう。

■他人に理解してもらおうと教える行為そのものが、自分自身の理解を深めてくれるものだ。
つまり、教師は生徒よりも多くのことを学ぶことになるのである。

■偉大な指導者はすべて教師である(作者不明)

■真のリーダーは、その持っている力を人と分かち合う義務がある。
言い換えれば、従う人に力を与えなければならないのだ。

■人に影響を与えていく秘訣とは、したの人の主人になることではなく下僕になり、
したの人から与えられた豊かな力を、再びその人たちに戻すべく、彼らと分かち合うことにあるのだ。

■リーダーとしての役割は、上官がいなくても、部下が自ら進んで仕事をしたいと思うような雰囲気を作ることだ。
彼らは自分でしたいから仕事をする。上官がしてほしいことを、彼らが自分からしたいと思わなければ駄目だ

■人は権威を少しでも与えられたとき、望もうとするならば、その権力の範囲で人を支配することができる。
しかし、そういうやり方はうまくいかない。人に圧力をかけて支配しようとしても、良い結果は得られないのだ。
「人に仕えるリーダーになる」という概念から生まれる魔法は、
たとえ命令を出しても、部下にとっては「頼まれた」と感じさせるところにある。

■自尊心と生産性には深い相互関係がある。
自ら進んで出てきて助けてくれるリーダーがいるときほど、自尊心が高められることはない。
何度も言うが、下で働く人々の生産性を高めようと思うならば、まず彼らに仕えることであって、決して支配してはならないのである。

■権限を託されたら、あなたはそれを下の人と分かち合う義務があるのだ。彼らに力を与えるために。

■リーダーシップは諸刃の剣になる

■導く力は、誤り導く力でもある。そして誤り導く力とは、滅ぼす力である(作者不明)

■リーダーシップには責任が伴う。
それは人を励まし、その人の人生が有意義なものとなるように助ける責任である。

■本当にほしくて必要としているものを最終的にすべて見つけるには、私たち自身をささげればよい




【 終章 】


■無神論者でさえ、私たちが何者であって互いにどうふるまうべきかについて、何らかの思想を持っている。

■どの情報源を用いるかは問題ではない。
大切なのは、あなたがそれを試し、真の自然の法則と思われるものを発見し、
それに従って実際に生活し、効果があるという証しを得ることである。

■私の行動は価値観と一致しているだろうか……今日、私は自分にとって本当に大切なことをしただろうか……。
このような自己評価を行って、毎日を新たな気持ちで迎えてほしい。

■あとは実行のみである。



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2005年09月20日

ナマケモノでも「幸せなお金持ち」になれる本

【ナマケモノでも「幸せなお金持ち」になれる本】
(アーニー・J・ゼリンスキー)



本の引用文です。
この方は、とてもおもしろい、そしてすばらしい考え方を持っていらっしゃる方です。


■ちょっとした思いつきなら、誰の頭の中にもある。
だが、その思いつきを意味のある何かに発展させられる人は少ない。

■どうでもいいことにかまけて本当に大切なことを捨て置くのは大きな誤りである。

■成功の秘訣は、大切なものとそうでないものとを見分ける目を持つこと。
それができれば、天才どころか救世主になれる。

■人間の得意技の一つは、現実とは似ても似つかないものを現実と認識すること。
だから、ものを見るときにはくれぐれも慎重に。
誤った認識はごまかしにすぎない。そこから人生におけるありとあらゆる問題が生まれる。

■勤勉さは美徳ではない。この事実を受け入れると、人生はがらりと変わる。

■成功を妨げる原因は努力不足だ。だが、働きすぎはもっと深刻な害を与える。

■大切なのは、自分が何をすべきか慎重に選ぶことだ。
選択が誤っていれば、たとえどれほどの成果を上げようと成功と幸せは手に入らない。

■人の働き方には3つのタイプがある。
1番目は“幸せなお金持ち”。高い知性と独創性を持ち、そこそこの時間だけ働いて、多くの成果をあげる。
2番目は“仕事中毒”。がむしゃらに働くが、成果は少ない。
3番目は“役立たず”。これ以上の説明は無用。
あなたがなりたいのは何番目?

■何もしないでいることを後ろめたく思ってはいけない。
暇人は何の役にも立たないという考えは、人々が心の中に設けた枷のようなものだ。
実際はその反対である。
暇人とは、嫌いなことをできるだけやらずにすませ、自分が楽しめる活動に多くの時間を当てる人間のことだ。

■臨終の際に多くの人が悔やむのは、自分がしてきたことではなく、してこなかったことだ。
その一人になりたいなら、自分の歌を歌うのをやめて世間の合唱に加わるといい。

■周囲の人たちの言葉を鵜呑みにするのはやめよう。世間の流れに身を任すのは愚かなことだ。
その先には、大きな失望と幻滅が待ち受けている。
他人のまねをしても、個人としての幸せや充実感は得られない。

■世間並みという呪縛から自由になれば、ストレスのない充実した人生はあなたのもの。

■成功という言葉を、自分自身で定義し直してみよう。そうすることによって、成功に手が届きやすくなる。

■成功とは何か?
幸せとは何か?
人生をより多くの喜びや安らぎで満たす秘訣は、この2つの問いを常に心に抱き続けることだ。

■真の成功とは何か、突き詰めて考えるのは勇気のいることだ。長年抱いてきた夢が、ガラガラと砕け散ることもある。
月並みな成功だけを目指していると、不満や失望の毎日から抜け出せない。

■失敗より大きな幻滅をもたらすのは成功そのものだ。
成功はいつもバラ色とは限らない。しかも、手にしたとたんに輝きがあせる。
ことに人生の全てを犠牲にしてきた場合は。

■幸せな人間より月並みな成功を手に入れるほうがたやすい。
世間には神経を病んだ成功者が数え切れないほど存在する。その中に、幸せな人間は一人もいない。

■真の成功を収める秘訣は、人生の目標を明確にすること。
問題は、目標が達成できないことではない。目標を達成したとき、何かが違うと感じることだ。
成功の手ごたえが得られないのは、目標の定め方が間違っているせいである。

■ありもしない目標を達成するのは、未経験の出来事を思い出そうとするようなものだ。
だからこそ、自分にとっての成功とは何か、そのために自分が何をすべきかを明確に意識する必要がある。

■まず方向を定め、次にどの程度の速さで進むかを考えることだ。
現代人の多くは、行く価値のない場所にあせって進もうとしている。
大切なのは速さではなく、進むべき方向だ。
方向が定まらなければ、どんなに速く進んでも意味はない。

■夢や期待の取り扱いには注意が必要。大きすぎる期待は失望を生む。
夢と現実との違いを目の前に突きつけられるのは、誰にとっても辛いものだ。

■全てを手に入れたいと願うと、人生は大きな失望の場となる。
成功と幸せの秘訣は、欲張りすぎないこと。

■望みの全てが実現するわけではないが、手の届く目標まで捨て去ってはいけない。
夢の大きさや能力の多少にかかわらず、自分で思っている以上のことができるはずだ。
ただし、そのためには独創性を大いに発揮し、ある程度の努力をする必要がある。

■夢をかなえるには、3つの要素が必要だ。
1番目は、前向きな態度。
2番目は1番目と同じ。
そして3番目も前のふたつと同じだ。

■後ろ向きの態度を改めないかぎり、八方ふさがりだ。
どこへ行こうと、その厄介者はあなたの人生を引っ掻き回し続ける。
毎朝、「今日の調子は?」と、自分の心に問いかけよう。
芳しい返事が得られないときは、意識して態度を改めることだ。

■考え方やふるまいを改めると、自分だけでなく世界も変化する。
人間が発した心的エネルギーは、すべて本人にはね返ってくるからだ。
幸せで実り多い人生の実現を強く念じれば、その気持ちが具体的な形となって目の前に現れる。

■水に触れれば濡れる。
岩にぶつかれば痛い。
その気になれば、誰でも成功できる。
苦労などする必要はない。

■成功のチャンスは誰にでもある。
一般に信じられているのとは反対に、成功の鍵は勤勉さではなく、正しい目標を設定することにある。

■勤勉に働けば成功するとはかぎらない。最低の地位から出発して何年も勤勉に働き、今もって同じ場所にいる人は数知れない。
そんな目にあわないためには、勤勉こそ美徳という考え方を捨てて、独創力を発揮できる生き方を模索すべきだ。
そのとき、成功の可能性はきわめて大きくなる。

■身を粉にして働くのが尊いと思うのは石頭のしるし。
身を粉にして働くのがそれほど尊くて崇高な行為だと思うなら、発展途上国のどこかの炭鉱で、1日14時間の重労働を体験してきたらどうか?

■何時までかかっても仕事をやり終えるべきだと考える人は、あまり利口とはいえない。
一生懸命働くだけなら、誰にでもできる。
生産性の高さを損なわずに休息と遊びの時間をたっぷり持てる人こそ、非凡な能力の持ち主だ。

■勤勉に働けば成功すると勘違いしてはいけない。多くの場合、勤勉な労働は無意味な結果を生むだけだ。
勤勉さだけで成功できると思うのは、北極を目指して南へ向かうようなもの。
いつかは到着できるかもしれないが、百倍の労力と時間と犠牲を必要とする。

■職業の選択は、くれぐれも慎重に。
たとえば、精神科医の仕事は極めてストレスが高い。毎日朝から晩まで頭のねじがゆるんだ人々を相手にしなくてはならないのだ。
悪いことは言わない。やめておいたほうがいい。
要は、面倒が少なくて、やりがいのある職業につくことである。

■職業選択の際、世間の声に耳を貸してはいけない。自分の内なる声に耳を澄まそう。
ここでの決断が、人生の満足度の3分の1を左右する。

■仕事選びに迷っている人へ贈る最高の忠告は、誰の忠告にも耳を貸さないこと。
自分ひとりの考えで選んだ仕事こそ、最良の職業だ。

■人間、生きている以上は働かざるを得ない。だが、大半の人はつまらない仕事で一生を終えてしまう。
さらに悪いことに、当人たちはその事実を認めようとしない。
偉大な何かを成し遂げるのは、少数の人たちだ。
その仲間に入りたいなら、安全思考の生き方に別れを告げよう。

■金儲けだけを考えていては、真の成功者になれない。
頭を冷やしてじっくり観察すれば、金の持つ多くの問題が見えてくる。
食べていける収入さえあれば、それ以上の富は幸せをもたらさないことにも気づくはずだ。
それなのに、なぜ金銭にこだわるのか。

■安定した仕事にも捨てがたい魅力があるが、朝刊を読み終えたあとは、独創力を活かす場も刺激を受ける機会もないのが難点だ。
心身ともに打ち込める何かがなければ、達成感は得られない。
つまり、高額な給与がかすんで見えるほど大きな目的を持つことが重要なのだ。

■楽しいと思えない仕事をしても、優れた業績をあげることはできない。
なんとしても、自分にあった仕事を見つけよう。
嫌いな仕事をして過ごす1日は、好きな仕事をして過ごす1ヶ月より長く感じるものだ。

■なにごとも、正しく使われてはじめて真価を発揮する。この事実はものにも人間にも当てはまる。
だからこそ、自分の性格や価値観に合った仕事を選ぶべきだ。
そうでないと、毎日8時間分の幸せをどぶに捨てることになる。

■何もせずにいると、かなえられずに終わった夢がいかに大きな痛みをもたらすか、いつか思い知ることになる。

■出場するレースを慎重に選べば、勝利はあなたのもの。無駄な努力はしないにかぎる。
心から楽しめて得意な仕事をやりとおすことが肝心だ。

■興味のない分野で優れた成果をあげるより、本当におもしろいと思える分野でそこそこの成果をあげたほうが、大きな喜びが得られる。

■自分を変えようと思ってはならない。自分以外のものになろうとするのは時間の浪費だ。
天職と思える仕事すれば、わずかな努力で楽に成功できる。
自然体で成功を収めること。それが“幸せなお金持ち”の流儀だ。

■何かの道をきわめたければ、よそ見してはならない。
偉大な業績を成し遂げるための、最も重要な法則だ。
だがあまりに単純すぎて、誰でもつい忘れてしまう。

■苦労がすぐに報われると思ってはいけない。最初は、得るものよりも差し出すもののほうがはるかに多い。
割合でいうと、およそ5倍から10倍の投資が必要だ。
しばらくすると、投入しただけのものが返ってくる。
だがやがて、投資額の10倍、20倍を手にしている自分に気づく。
そのとき周囲の人たちは、なぜあなたがそんなに幸運なのかと首をひねるだろう。

■柔軟な発想力やひらめきの力と価値を見くびってはいけない。
成功の階段は一段ずつ上ることもできるし、独創力を発揮して数段飛びで上がっていくこともできる。

■誰もあなたに無理難題を押しつけていない。あまり背伸びをしないことだ。
期待した結果がいつも得られるとは限らない。
自分の限界を知ったうえで最善を尽くしたとき、人は完璧に近づくことができる。

■想像の翼を広げれば、進むべき道は見えてくる。その道に歩みだす力を与えてくれるのは熱意だ。
しかし、忍耐強くなければ目的地に到着できない。

■人生を甘く見てはいけない。最初の成功はまぐれ当たり。
あるいは、吹聴するほどのものではないのかもしれない。

■何もしないのが正解だと思えるときは、じっとしていること。
成り行きにまかせたほうが良いこともある。あせって手を出すとろくなことにならない。

■他人を利用するのではなく、他人に尽くすことで成功を手に入れよう。
鏡の中に見えるもの、それがあなたにとって一番の厄介者だ。
さらに、悪党の姿まで目にしたくはないだろう。

■現在のふるまいが将来どんな結果を招くか考えてから行動しよう。

■ひとつの努力に対してひとつの結果が得られると思わずに、達成への道のりを楽しもう。

■誰でも独創力を発揮して社会に後見する能力がある。
ただし、自分は例外だと誰もが考える。

■才能と強運に恵まれなかったことを言い訳にしてはいけない。
重要なのは、どういう境遇に生まれたかではなく、どう生きたかだ。

■人生はポーカーのようなもの。
エースを3枚持っていても、賢く使わなければ勝てない。

■独創力こそもっとも高価な財産であり、最高の保険だ。
だからこそ、車より心の点検を頻繁に行う必要がある。

■新しい分野に一歩を踏み出すときには、想像力を最大限に活用しよう。
周囲の信頼を得るには、経験豊かな人たちの10倍のひらめきが必要だ。
心配はご無用。
実際にやってみればそれほど難しいことではない。

■人生はすべて自分の思い通りになる、と想像してみよう。
問題は、なぜ想像の世界にとどめておくのかという点だ。

■心のもち方が人生の色模様を決める。人生は楽ちんと考えるか、あるいは、人生は辛いと考えるか。
どちらにしても、考えたとおりの人生を送ることになる。

■大志を抱く必要はない。
だが、少なくとも自分の頭で考える習慣を身につけよう。
わずかでも独創的な考えができるようになれば、他の人たちより一歩前に出られる。

■いくらお粗末な頭脳にも、たまにはすばらしい思いつきの一つやふたつは浮かぶものだ。
しかし、思いつきはあくまで思いつきでしかない。
どれほどすばらしい思いつきも、実行に移さないかぎり何の役にも立たない。

■安定を求めるのは人生の放棄につながる。
危険を冒さない者は失敗とも無縁だが、多くの失敗を経験した者は、それだけ価値のある人間になれる。

■凡人は安定に執着するが、賢人はわずかな関心しか示さない。

■冒険心と独創力を発揮してこそ、真の安定が得られる。

■チャンスを見つけるために遠くへ行く必要はない。
最良のチャンスは、地球の裏側ではなく、あなたの身の回りにある。
ただし、探さなければ見つからない。

■一般に、人間の集中力は30秒程度しか持続しない。
1度に2分間集中できる力を養えば、驚くほど多くのチャンスに恵まれる。

■どんなチャンスに恵まれても、使わなければ意味がない。
建設的な行動に結びつかないチャンスは、エンジンのないフェラーリのようなもの。
どんなに高価でも、その車はどこへも行けない。

■ゆったりとくつろいでものを考える時間を毎日の習慣に組み込もう。
2、3時間多く働くより、財布も心も大いに潤うはずだ。

■他人と違うことを考え、違う行動をしよう。
重要なのは最初の人間になること、そして非凡さと大胆さをあわせ持つことだ。

■たったひとつの思いつきが、あなたの人生を劇的に変える。
そのひとつを探すことだ。
それは、どこかに必ず存在する。

■金銭の定義は人それぞれ。所有者の人格や考え方しだいで、金は自由自在に姿を変える。
諸悪の根源にも、あらゆる問いの答えにも、浪費の対象にも、自由への手段にも、興味深い対象にも、愚かしい概念にもなりうる。

■人間は自己の責任のかぎりにおいて、好きな金銭観を持つことができる。
金が悪だと思う人は、あなたが悪に変えたのだ。
金が問題だと思う人は、あなたが問題に変えたのだ。
金が喜びだと思う人は、あなたが喜びに変えたのだ。
自分の見かたに責任を持たなくてはいけない。
そして、すべては考え方しだいであって、それ以上でも以下でもないことを肝に命じるべきだ。

■考え方ひとつで人生はがらりと変わる。
問題は、どんな考えも現実とは異なることだ。
それは、実体のない幻想である。
すばらしい計画、誤った信念、途方もない希望、といった形で目の前に現れる。
幻想と現実を混同すると、心は自由を失う。
金銭に関して誤った幻想を抱きつづける者は、一生悔やむことになる。

■周囲に目をこらしてみよう。あなたより金銭的に恵まれていない人が大勢いるはずだ。
だがその中には、あなたよりはるかに幸せそうな人もいる。
あなたはこう思うだろう。
「私は正常だ。おかしいのは向こうだ。」
その通りかもしれない。
違うかもしれない。
まったく逆ということも考えられる。

■まさかと思うかもしれないが、幸せは金では買えない。
金で幸せが買えるなんて、それこそ悪い冗談だ。

■幸せの基盤となる何かは金では買えない。
その何かとは、心の安らぎ、充実感、そして自尊心だ。
そうしたものを求めて富を貯える必要があるだろうか。

■まさかと思うかもしれないが、世の中、いつも金がものをいうとはかぎらない。
ほとんどの問題は金で解決できるが、なかには例外もある。
そしてときには、金のために深刻な問題が生じる。

■金そのものは善でも悪でもない。ありすぎて困ることはない。
だが、金があれば心が満たされると思うのは間違いだ。
期待が小さいほど、得るものは大きい。

■金に関する6つの奥義。
1.金銭を最終目的にすると、人生は無味乾燥となる。
2.金のない人は貧しいかもしれないが、金だけしかない人間はもっと貧しい。
3.豊かさとは財産の額ではなく、充足した心の状態をいう。
4.独創的なひらめきを失うより、金を失うほうがましだ。
5.派手に金を使うと、一時的に気分が高揚するが、浪費は浪費でしかない。
6.金は建設的な目的に使ってこそ価値がある。

■裕福なのに何かが満たされないのは、金銭以外の何かが欠けているからだ。
何より必要なのは、ひらめきに満ちた精神。
禅道場でビシッとカツを入れてもらうのも効果的だ。

■衝動買いは賢者の敵。
支払う額に対してどれだけの満足が得られるか。常に自問することが大切だ。
最高のお買い得品は、買わずに終わった品である。

■何かが欲しくてたまらなくなったときは、その欲望を消す努力をしよう。
欲望が消えると、目的の品を手に入れたのと同様の満足感が味わえる。
おまけに安上がりだ。

■丁重に接すれば、金はよき友人となる。
金を見下すと、いつかは金に泣くはめになる。

■無理をしてまで大きな家を求める必要があるだろうか。
たとえ小さな家でも、一軒の家の主となった喜びは変わらない。
むしろその喜びは、家の大きさに反比例する。

■金を支配するのは、特に難しいことではない。
唯一の基本は、稼いでから使うこと。
この基本を守るだけで、金に困るような状況に陥らないですむ。
本当の大人になることもできる。

■金儲けを人生の目的にしてはならない。
有意義な人生を送ることを究極の目的にするべきだ。

■1日に8時間以上働いているなら、あなたの仕事選びは間違いだ。
あるいは、仕事の進め方がよほどまずいのかもしれない。

■人生には代償がつきものだ。
勤勉に働かないことによる代償もあれば、働き過ぎによるさらに大きな代償もある。

■どんなに高収入だろうと、常に過労とストレスにさらされる仕事をする意味があるか?
たんに寝に帰るだけなら、豪華な邸宅をかまえる必要があるか?
楽しむ時間がないのに、どうして話題の新製品を買いそろえるのか?
めったに会えないなら、そもそも家族とは何か?

■働くときは真剣に。
仕事を一歩離れたら、心からリラックスして遊びに没頭しよう。
自分のためになるだけでなく、友人や同僚の意識も変わるはずだ。

■たいていの人は、些事にかまけて独創力を活かせずに終わってしまう。
その仲間に入ってはいけない。
どうでもいいことに時間をかけるのは敗北のもとだ。

■働くのは人の常、遊び暮らすのは神の業。

■どんなに能率よく仕事をしているつもりでも、まだ改善の余地はあるはずだ。

■1日に14時間働いたから生産性が高いと思ってはいけない。
同じ量の仕事を4時間で片付け、あとの10時間を楽しく過ごしてはじめて生産的といえる。

■どんなに好きな仕事も、職業を生きがいにするのは危険だ。
仕事が生きがいになると、失職や退職と同時に自分を見失う羽目になる。
こんな悲しい話があろうか!

■仕事中毒の人が有能だとはかぎらない。むしろ、その逆だ。
彼らは“幸せなお金持ち”の倍の時間をかけても、半分の仕事しかできない。

■ワーカホリック(働き過ぎ,仕事中毒)の特徴
彼らがかかわると、仕事がなかなか終わらない。
どんなに簡単な問題も、可能なかぎり複雑にする。
どんなに小さな問題も、可能なかぎり大きくする。
“幸せなお金持ち”から見れば、些細な問題を、重要任務のごとく扱う。
すでに忘れられた問題の解決に長い時間をかける。

■ワーカホリックの最大の欠点は、仕事ができないこと。
彼らは必要のないことばかりしたがる。
それでも、まったく役に立たないわけではない。
反面教師として役立つし、創造性を伸ばす努力をすれば、誰でも優秀な働き手になれるという生きた見本を示すことができる。

■意外な事実をお教えしよう。
労働時間を減らすことによって、より多くを成し遂げることができる。
要は、本当に重要な仕事だけに集中することだ。

■大切なのは、何が重要で何が重要でないかを見極めること。
それができてはじめて、無駄な労力を使わずに本当に意味のある何かを成し遂げることができる。

■退屈で時間のかかる作業は仕事の虫たちにお任せしよう。
そのほうが、どちらにとっても幸せだ。

■立派にやる価値がある事などごくわずかだ。
次にくるのが、ある程度まじめに行う価値がある事。
だが、適当にやっておけばすむ事のほうがはるかに多い。
おおかたの事は、そもそもやる価値などまったくない。
物好きな連中に任せておけばよいのだ。

■仕事を素早く片付ける3つの方法。
自分で行う。
専門家を雇ってやらせる。
作業リストから消す。

■数多くの活動を中途半端にやるのではなく、本当に重要な活動に力を注ごう。
やりかけの仕事をいくつも抱えているより、大切な業務をひとつでも完成させるほうが大きな満足をもたらす。

■優秀さがあなたの身上なら、そこそこを心がけよ。
どんな仕事であれ、完璧は存在しない。
存在しないものを追い求めるのは時間の無駄だ。
やる価値のあることでも、やり過ぎる必要はない。

■独創的であることも大切だが、価値あるものを見分ける目を養うことも重要だ。
多くの活動にそれなりの力を注ぐより、2、3の重要な活動に的を絞って独創的力を発揮するほうが大きな成果が期待できる。

■80対20の法則を最大限に活用しよう。
常に80対20の法則に基づいて行動し、
80対20の法則に基づいて考え、
80対20の法則に基づいて働き、
80対20の法則に基づいて遊ぶ。
特別の才能は要らない。必要なのは、今何をすべきかを見極めることだ。

■どんなに働いても、時間という報酬は手に入らない。
どれほど大金を積んでも、時間を買うことはできない。
だからこそ、賢明に使うべきなのだ。

■仕事を離れたら、自分が好きなことだけをしよう。
たとえば、気の合った仲間と一緒に過ごす。
自分が一番楽しめる活動に参加する。
好きになれない人たちや活動とはかかわりを持たない。
当たり前のようだが、実践している人は少ない。

■あなたは急ぎ足で成功を求めていないだろうか?
成功に値するものが自分の中に育っているかどうか、もう1度見直してほしい。

■第1の法則
どうでもいいことに無駄な時間を使わない。
そうすれば、本当に重要なことだけが残る。
第2の法則
目標が定まったら、あせらずにゆっくりと取り組むこと。

■世の中には、必要以上に人生を複雑にする人間が多い。
単純なことを複雑にするのは愚か者でもできる。
だが、複雑なことを単純にするには知恵が必要だ。
どちらになるかはあなたしだい。

■人間、欲張ってはいけない。
ひとつでも物足りないが、ふたつでは多すぎるものが世の中にはいろいろある。
代表的なのは恋人の数だが、そのほか様々なことにも当てはまる。

■何が重要か、それを見極めよう。
同様に、何が不要かを見極めよう。
不要なものを捨て、重要なことだけに集中する。そうすれば、成功間違いなしだ。

■成功には注意が肝心。期待しすぎてはいけない。
成功は不幸や落胆の元凶にもなりうる。こんなはずではなかったと後悔しても手遅れだ。

■現実に手にしている成功だけが、真の成功といえる。
過去の栄光に浸るのもいいし、希望に満ちた明日を語るのもいいが、今日を生きていることを忘れてはならない。

■控えめに生きよう。
控えめに笑おう。
控えめに愛そう。
そうすれば、幸せが両手を広げてやってくる。

■周囲を見回してみよう。
人生には苦労がつきもので、幸せをつかむのは容易ではないと思えるかもしれない。
ところが、事実は違う。
前向きな態度と、そこそこの独創力さえあれば、この世を至福の地に変えられる。

■富や名声を追い求めるあまり、自分を見失うことのないようにくれぐれもご注意を。
夢がかなったあとは何を楽しみに生きていくのか、参考のために教えてほしい。

■少なくとも週に5日はゆっくりと朝食を楽しめなければ、成功者とはいえない。
あなたが成功と思っているものは、たんなる見せかけに過ぎない。



posted by コッパ at 04:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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